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印刷用縦書きPDF「地の涯てのアリア」

(A52段組)

  地の涯てのアリア

                                                                                                             百瀬ヒロミ 「屋上」(塩尻市)


 

 

 そこは以前映画で見たタルコフスキー()の捧げ物の大地に似ていた。空港から八時間近く列車に揺られ、駅からは彼の古びたフィアトで未舗装の道をゆっくりと登り、初めて私の靴底がその地面に降り立ったときの風景。私をとりまく全周囲を身体ごと廻して視界に収め、散在する野の色彩をひとつの四角い絵に組み変えようとした。私は見る。なだらかな荒野。細い一本の道。ひとかたまりの灰色の集落。彼方の針葉樹。緯度の高い国特有の、全体に青みがかった薄い霧で覆われ、太陽は妙に透明感のある天幕の向こう側を影絵のように移動し、時の移ろいを不明にしていた。風と鳥のさえずりと、時おり畑の間での歌うような人の呼び声が、靄に濡れた大気につつまれて何処からともいえない音として耳に届いた。静寂というものではなく、ずっと以前に始まりこれからも連綿と続くアリアにも似た自然の旋律が流れる場所に私はいるのだった。

 私は景色を手元に引き寄せた。花を飾った石造りの家々があった。窓の庇に木札を下げたよろず屋があった。ブリキの甕をいくつも並べた牛乳屋もあった。大きい子供たちは隣の村にある学校まで出かけており、小さい子供たちはにわとりを蹴散らして私を見るために飛び出して来た。

 私は憧憬さえ抱いてこの地に入った。一日が敬虔な黎明の時間に支配されたような、乳白色の世界。ここでは原色の太陽が肌を突き刺すこともなく、淡い緑が丘陵を覆う短い夏の時期でさえ女たちは長い木綿のスカートに前掛けを着け、あでやかな夏服の裾から肌をさらして歩くことはない。

  深い考えに導かれて来たのではなかった。人や事象の一切が過密しすぎた東京という都市で独りで暮らすことに半ば疲れ半ば退屈していたためかもしれないし、三年に及んだ救急看護婦としての勤務が私の情緒をすっかり麻痺させてしまったせいかも知れない。事実は彼という医師に出会い、彼の祖国であるこの地に来たということ。

 夜が明ければ待合室には人が待っていた。時には息を切らせた子供の知らせに大急ぎで自転車に飛び乗り出掛けて行った。そうして夫は行く家々で傷口を縫い、骨を接ぎ、歯を削り、赤ん坊をとりあげ、死に逝く者に静かに言葉を掛けた。明らかに脳梗塞と判る農夫が運ばれ、直ちに開頭して脳外科手術を施せば救命できるかも知れないと思われた場合でも私たちはそれをしなかった。それは八百キロ離れた首都だけのこと。私のいた日本でのこと。この村にはそのような治療法は存在しない。かすかな延命の可能性を秘めた人々がここでは短いいまわの戦いののちに息を引き取った。先進医学の可能性とは心臓の収縮のみを取り戻すこと、薬と夢の中で生きること、果てしなくリハビリを続けること。野良仕事や木こりに戻るだけの健康については救命医は請け負わない。私たちがしたことといえば注射を打ってほんの少し呼吸を楽にしてやることだった。口を開けて、自分を見下ろしている家族にひとことが言えるように。それからやって来る牧師に靜かな祈りを捧げられるように。意識が無い人には場所を空けて家族がその身体を抱き締められるように。

 緊迫した日々は多くはなかった。重篤な患者のいない穏やかな日には僅かながらも畑仕事をし、森に茸や薪を取りにも出掛けた。二年の日々が過ぎ、いつしか私は日本名を失い、村人が呼ぶところの先生の奥さん≠ニいう存在に馴染んでいった。こんにちは、先生の奥さん。ごきげんよう、先生の奥さん。もうすぐお母さんになる先生の奥さん。いつものパンを先生の奥さんのために取っておきましたよ。

 そんなある日、私たちは親しい村人の弔いに参列した。村で一番高い丘の斜面にはほとんどの村人が集まっていた。前の晩に息子たちがあらかじめ掘っておいた墓地の穴に柩はロープでゆっくりと納められた。夏を告げる雨が音もなく降っていた。黒いスカーフの女たちは濡れていくことも厭わず、誰もが蕭やかに祈りの声を聞いていた。古い墓標の群れは濡れてひっそりと佇み、絡みつく木蔦の若葉が新鮮な呼吸を繰り返す。女たちの手で花が投げ入れられ、男たちは代わるがわる土を掬った。私だけが宗教を持たない異邦人だった。私はふいに遠い自分の国の山村の、母の祖先が眠る墓地を想い出した。何という宗派であったのか、それさえも覚えていない。墓地は村外れの、周囲から見れば老木がそびえているだけの小塚の奥にあった。そこを訪れたのはおそらく旧盆の炎暑のさなかであったろうが、空を覆う巨木に囲まれたその中はひんやりと薄暗く、足元は落ち葉が腐りぬかるんでいた。菊の花を下げた母を追って私が空き地を横切ると、とたんに其処はおじいさまの頭の有る場所だからこちらを歩きなさいと母に戒められた。私は怯えて脇に飛び退いた。母方の代々の家の墓碑は、苔むした丸い磐の存在でようやくそれと判るものだった。母は線香の束に火を付け土に刺し両手を合わせると、下草に燃え移るといけないからとすぐに消した。其処が墓であることを悟られてはならないような、何か村の生活とは隔てねばならない理由があったのかどうか私は知らない。鬱蒼と生い茂った枝葉をくぐり出ると目の眩むような真夏の午後であり、私は大急ぎで小塚を離れじりじりと灼ける坂道を駆け降りて行った。振り返ってはいけないと母に教えられていたからだ。老木に囲まれたあの薄暗い空間は私には墓地というより異界という遠い場所へ永遠に連れ去られてしまう隠し穴のような気がした。

 村人の柩を降ろした場所には真新しい白い十字架が立てられた。整然と立ち並ぶ十字の向こうにはいつでも自分らの家々と長年慈しんできた耕地の全てが見渡せた。夏の雨は野に草を生まれさせ、羊のための柔らかい草の絨毯も山に向かって敷き詰められていた。墓地の丘にはひなぎくの花が一面に咲き乱れていた。今日埋葬されたこの場所だけが四角く返されて雨に湿った土の表をのぞかせている。しかしここもすぐに草花が覆うだろう。短い夏の間、子供たちは走り回り隠れんぼをし、日だまりで花摘みをするだろう。

 葬儀の後には習わしのとおり賑やかな踊りの輪が生まれた。死者の魂を慰めるためと新たな命が授かるようにとの願いを込めて。涙ぐんでいた女たちは色とりどりの花の模様のスカーフに衣替えをし、笑顔をたたえ、手風琴のボレロが奏でられると若者も老人もわれ先にと女たちの手を取った。雨はやがて上がり夕陽が地平線の靄の上でぼんやり膨らむ頃になってようやく踊りは笑い声と拍手の中で終わった。参列者らは互いにいつも通りの挨拶を交わしてそれぞれの家のある方角へ別れて行く。私は自分の帰っていく大地を見た。そして思った。私はここで長い長い綴れ織りの日々を過ごしていくのだと。その毎日には原色の彩りは何もない。土と草と灰色の石壁と少し頼りない太陽と、それから青みがかった薄い霧と、丘の上の十字架の白、そのようなこの村にある色だけで織り上げられていく優しい匂いのする織物。振り返ると夫の鳶色の瞳が私を見ていた。その鳶色は私の織物の基調を成すだろう。

 

 

 日常は誰も気づかない所でひと夜のうちに寸断された。

 始まりはラジオがつかないことだった。冷蔵庫を開けると内部の灯りも消えていた。停電と悟ったが別に驚くこともなく竈で牛乳を暖め、井戸の水を沸かして珈琲を入れた。普段と同じ朝食を終えると夫は白衣を羽織り待合室の扉を開けた。膝を痛めている婦人と麻疹に罹った子供が待っていた。婦人の脚に温湿布を当ててやり、子供には熱さましの薬と皮膚の痒みを和らげるための軟膏を渡してやった。注射のバイアル瓶を納めてある冷蔵庫を覗き電気が回復していないことを知った夫は、電力会社へ問い合わせようと受話器に手を伸ばした。

「別に特別な血清を取り寄せた訳ではないから冷蔵庫が使えなくても薬品に影響はないわ。たぶん送電塔の工事か何かよ、昼過ぎには回復するでしょう」私がそう言うと夫はそのまま受話器を戻した。

 私は次の患者を招き入れた。時おり顔を見せるおばあさんだった。彼女は常に苦痛を訴えていたがどこが悪いのでもなく、息子のことで自分がどれだけ悩まされているかをひとしきり語り、血圧を測り喉を診てやるとそれで納得して帰っていく患者だった。夫は苦笑いをして彼女を椅子に座らせた。そのとき家の前に荷馬車が停まり男が駆け込んで来た。彼は隣の村へ働きに出ている男だったが、朝早く村を出ようとしたところ道路が兵士によって封鎖されていたと言う。男は理由を訊いてみた。兵士ははっきりとした原因が掴めるまで人の出入りを遮断するとだけ答えた。何の原因をだ、と男は重ねて尋ねた。兵士は無言で銃を向けた。

 先生何が起きたか知ってるかね、疫病かい。いいや馬鹿な。夫は初めて受話器を取り上げた。電話は発信音さえしなかった。一体どうしたというのだ。夫と私は庭へ出た。そこには昨日と同じなだらかな丘陵が広がり東からの低い陽光が丘への一本道を照らしていた。夫はおばあさんをなだめて家に帰し、知らせに来た男の荷馬車に続いて自転車でその道を漕ぎ出した。どこへ行くの。私は追いかけながら尋ねた。様子を見てくるんだ。それよりもまず村長のところへ行ったら。私は遠ざかる背中に叫んだ。かすかな動悸が胸を突ついていたが、それが何によるものか掴めないまま私は、風を孕んだ夫の白衣が丘を駆け登り向こう側へ消えるのを見つめていた。

 村の境に立つ兵士、それが如何なる意味を持つのか、私には現実味のあることとして考えられないでいた。予兆はなかったのだ。何ひとつ。思い当たることは何もない。昨日は隣村へ通うスクールバスの子供たちを見たし、夜眠る前に聞いたラジオもいつもどおりの賑やかな音楽をやっていた。政変、クーデター、それとも伝染病。言い知れない不安の一方でそんな馬鹿なことがあるはずがないという心の底の楽観。わかっていることは、今朝起きてみたら冷蔵庫が停まっていて電話も不通になっていたけれどもおばあさんは診察に来て、軍用機の音すら私は聞いていない。村の静寂に変わりはない。あの男は早とちりをしたに違いない。政府がようやく舗装道路を引く気になったか、何かの施設を造るのかそんな調査のために軍が出て道路を封鎖しただけのことだ。たとえ道路を閉ざしたところで、牧草地をぬけて森に入れば普段は使わないけれど小路が通っているのだし‥‥。

 夫と患者のいない診療室にいてもすることはなかった。冷蔵庫、と思い出して私は呼び出し用の鐘を診療室のドアに引っ掛け、台所へ入った。電気の戻らない冷蔵庫から使い残しのひな鶏を取り出し、煮込みにしてしまうことにした。鍋を火に掛け玉葱の皮を剥き始めたとき、数日先の心配をしている自分に気がつき私は不意に怖くなった。こんなつくりおきをしなくても、電気はすぐに復旧するだろうに。ほとんどの村人の家には冷蔵庫も電話もない。電気は明かりとラジオを聞くぐらいのもの。それが止まったくらいで大慌てするのは私が日本人だからだ。

 台所の大きな木の食卓の中央に母が作ってくれたレースの花瓶敷きがある。私が日本を離れるとき両親との別れの挨拶は無かった。田舎の父は私の電話に出ようともせず、母が上京するのも許さなかった。母が父に知れぬように手紙に紛れさせて送って来たのは当座のお金と、大切にしていた真珠とこの小さなレースだけ。私はレースの上に花を飾り、両親の写真を置き、余り布を集めて兎や子猫や女の子の縫いぐるみを幾つも作っては花のまわりを埋めた。そんな子供じみた手仕事はこの地へ来るまでしたことがなかった。低い太陽が差し込む日溜まりの席に腰掛け縫い物をする時間。この村へ来て間もないころは友達もいず、外へ出るにも言葉が分からず、たまに診療室を手伝うほかは台所にいることが多かった。ここの窓からは夫とふたりで手入れをしているささやかな菜園や花壇が見渡せたし、患者が途切れると夫が珈琲を飲みにやって来ては私に言葉を教えながら、作った人形でひとしきりふざけていくのだった。身近な言葉を覚えるために私たちはよく間違い探しをした。夫が来るたびに台所のどこが変わっているのかと問う。夫は少し考えて指を指す。窓辺の敷物?それは前からあるわ。鍋つかみ。いいえ。ティーコゼ、当たりよ。そのようにして増えてきた縫いぐるみ。私はそれほど手まめに縫い物をした。夫とこの村の風景が私を少女に戻らせた。少女のころに慣れ親しんだ外国の物語の、ひと世紀昔の生活がここにあった。村の平穏をかき乱す唯一の事件といえば、ひと夜のうちに家々を埋めてしまう冬の嵐だけ。

 診療室の鐘がけたたましく鳴った。出て行くと牛乳屋の女将さんが息を切らして立っていた。奥さん、井戸の水は使ってはいけないよ、地下水には毒が入っているんだとさ。信じられないことだった。今朝も井戸水で珈琲を飲みましたけど。知らないよ、上流では家畜がどんどん死んでいるというよ、もうすぐこっちまで流れて来るんだ、うちは牛乳を売りにも行けないし、大変なことになったねえ、先生は何処だい。いま事情を訊きに行っています。何かわかったら教えておくれ。女将さんはあたふたと帰って行った。

 間もなく夫が帰宅した。

「村長の家は留守だった。誰かが連れて行ったのか、自分で姿を隠したのか誰も見た人はいない。道路には鉄柵が置かれて銃を構えた兵士が常に見張りをしている。畑づたいに村の境まで行ってみたが、夜のうちに鉄線が張り巡らされ、兵士の車が行き来して監視していた。森の中にも数人の兵士が見えた。もう一度道路の検問へ行って理由を聞くと兵士のもっともらしい答えはこうだ。隣の村で極めて感染力の高い伝染病が発生したので通行を禁止する、と。そんな筈は無い。私は医師だ、先週も隣村へ出掛けたがそれらしい患者はひとりもいなかったし、もし本当なら私には治療に当たる義務がある。そう言うと彼らは私に銃口を向け、この村は軍が管理するのだ、と。さらに彼らは言った。このまま射殺されるのか、あるいは黙って家に帰るのか。私はもう一度言った。私は国によって資格を認められた医師である、伝染病なら君たちは何故マスクもしていないのだ。身なりもいつもの軍服のままじゃないか。彼らがすぐにでも撃てるのがわかった。誰もここを出て行くことは許されない、軍は全ての権限を政府によって与えられている、と。私は帰って来るしかなかった」

「伝染病ではないということ?」

「今は何とも言えない。たとえウイルスと判っていても兵士に身体を守る服さえ与えていないことも考えられる。軍の暴走ならいずれ判るだろう。村はまだ静かなものだ。何事かと訝ってはいてもみんな農作業を続けているから」

 夫は私にもよく解る言葉で事情を説明してくれた。

「牛乳屋の女将さんが、井戸水が汚染されているって」

「誰がそんなデマを」

 夫は手持ちの試薬と顕微鏡で井戸水を調べた。検査が十分ではないにしろ結果は初めから想像できた。水が原因なら使用を禁止するだけで良い、給水車をよこせば良いのだ。村人を兵士が銃で脅す必要はない。夫は井戸水が原因ではないことを村人に告げるためと、村人の健康状態を調べるために私が止めるのも聞かずに出掛けて行った。そこでは村人たちが死んだ子山羊を巡って言い争いをしていた。これは疫病の前触れに違いないと。早いとこ家畜をみんな殺してしまった方がいいと訴える者がいた。信心深い村人たちは思案顔で頷く。しかし子山羊には独特の咬み傷が残っていた。ある男のところの子山羊が山で親とはぐれ、森を彷徨っているうちに何かに襲われたのだろうと言うことでその騒ぎは収まった。夫は井戸水に害はないことを村人たちに言い聞かせ、みんなの健康状態を聞いて幾人かの血液を採取して来た。

 夕暮れになっても軍からの情報はなかった。尋ねに行ったものはみな無言で拒否された。軍用車が村内を巡回し、村人たちは仕方なくそれぞれの家に引きこもった。

「これって戒厳令なのかしら」

 電気は回復しなかった。私は知らない言葉を使うために、来たばかりの頃に使っていた辞書をランプの下に引っ張り出してきて言葉を引いた。夫は苦笑していた。物々しく装備した兵士を乗せた装甲車の前を、羊飼いが悠々と羊を引き連れて横切って行った、と。

 そうこうしゃ、かいげんれい、けんもん、くーでたー、この国の言語で私はそれらを初めて覚えた。

 小さな灯りの下で採取して来た村人の血液を調べ、顕微鏡を覗き続けていた夫は、やがて大きな欠伸と共に疲れた顔を上げた。

「何かわかって」

「ああ、この村には異常は無いということが判ったよ、おそらくね」

 しかし夫は瞼を指で揉みながら掠れ声で付け加えた。私が医師であり、いろいろと調べて回っていることを彼らは知っているだろう。とにかく明日もう一度出掛けてみる。政府の衛生研究所に連絡をつけて貰わねば。

 夜、電池がないことに気づいた私たちは車のバッテリーから電気を取り、ラジオを点けてみた。聴こえて来たのは臨時ニュースでも軍の演説でもなく、毎晩私たちが子守歌がわりにしている音楽番組だった。DJは軽快に冗談を飛ばし、地域の話題を紹介し、人々の手紙を読み上げた。DJは天気予報を告げた。それを聞いて明日が休日であることを思い出した。公園で日光浴をするには最高の陽気になるだろうとDJは言った。

 首都はまるで昨日と変わっていない。その一方でこの村に普段の夕闇は訪れなかった。丘の向こうで村外れを照らすサーチライトが空に反射し私が東京で見ていた頃の黄ばんだ街灯りを思い出させた。いったいこの村で、いやこの村の周囲で何が起きたというのだろう。

 

 

 浅い眠りから覚めてゆく途中で夫の腕を感じた。その手は私を抱え込むように背中から前へ垂れていた。私は彼の腕を覆う柔らかな細い毛を指で撫でる。彼の手のひらが私の腹部のゆるやかな膨らみを優しく確かめている。彼の暖かみが背中に伝わる。一番鶏が鳴いた、と夫は呟いた。ずっと長い時間眠っていない様子だった。朝の早いこの季節、鎧戸の隙間から差し込む細い光の束がベッドの足元へ伸びていた。間もなく小鳥たちの小さな囀りも聞き取れた。

 世界は何事もなかったように再び目覚めた。本当にそうであってくれたら‥‥‥。私はイメージの中でベッドを降り立ち窓を開ける。朝陽は丘陵の上に金色の靄をたなびかせ、村いちばんの早起き者の荷馬車が村を出ていくのが見える。私は喜び勇んでベッドに駆け戻り夫の手を引いて庭へ出るだろう。ほら、何もなかったのよ、と―― 。私の髪の中へ彼の呼吸がひろがる。私に生きる悦びを与え全ての恐怖を消し去ってくれる力強い息遣いを実感する。

 遠くで連射する銃の音が聞こえた。反射的に身を竦めたがその音は恐怖を誘うには余りに軽々しく、子供の投げるかんしゃく玉のように乾いていた。私は体を硬直させて次の音を待った。が、それだけだった。頭のどこかに戦闘のイメージとして記憶している新たな銃声も砲撃の音も、いつまでたっても聞こえては来なかった。私のうなじにかかる規則的な呼吸は繰り返された。夫も私もたったいま耳にした音についてはどちらからも言葉にしなかった。静けさの中で呆れたように鶏だけが繰り返し繰り返し鳴き声を上げていた。

「僕の為に珈琲を沸かす労をお取り願えますか」夫の声がおどけた口調でそう言った。

「ええ、喜んで」

 私は傍らの椅子に掛けたカーディガンを手繰り寄せた。夫の一言が私にベッドを離れさせる踏ん切りをくれた。脅えていても仕方がない。

 隣の台所へ入りマッチで紙切れに火を移し、竈の薪の下へ差し入れて火を熾す。恐るおそる鎧戸を押し開けると昨日のままの自分らの庭が目に入り、緑の葉先に豆の花がいくつも咲いているのが見えた。私は手桶に井戸水を汲む。そんな作業をしながらこの地に女として在ることに感謝した。大袈裟な言い方だが、世界がどのような困難に陥ろうとも女たちは家族のために食事を作り続けるのだろう。女たちが一切を忘れてスープの鍋をかき回し、ジャガ芋の茹で加減に心を配っているあいだ男たちは独りで捕らえ所のない疑心に頭を巡らさなくてはならない。

 瓶の底に残った牛乳を沸かしながら、明日もまた新しいミルクが飲めるだろうかと考えた。しかしその疑問は安堵する答えが無いにもかかわらず、妙に落ち着き払った諦観の中に消えていった。まだ食糧庫には麻袋いっぱいの玉葱がある、小麦粉もある。それが無くなったら森の木の実と茸を食べ尽くし、いざとなったら墓地のはこべらだって食べるだろう。自分と自分の家族の命を明日へつなげること、その目的だけで女は生きていけるものだ。そのことに躍起になっている女は怖れを知らない。

 暖まったミルクの匂い。少し前まではこの匂いに私の胃袋は正確に反応した。最近では魚が体の向きを変えるように私のおなかの水の中で蠢くものがある。私がうろたえずにいられるのはこの身体のおかげかも知れない。この肉體の健康な不快感が私を支えてくれている。

 しかし、私と夫が笑顔でいられたのも朝食の珈琲を飲み終えるまでの間だけだった。診療室の鐘が鳴り響き、衣服を血で染めた牛乳屋の主人を村人たちがかつぎ込んで来た。主人は足を撃たれ、ずいぶんと出血していた。牛乳を運ばないとならんのだ。主人はそればかりを繰り返した。村を越えて、町へ売りに行かなければ仕事にならん。

 夫は止血して傷口を調べた。弾は大腿の肉を裂いて貫通していた。一緒に来た男らが口々に村の様子を喋りまくる。ゆうべの内に何人かの村人が姿を消した。牧師の一家もそっくり消えた。逃げようとして兵士に射殺された者もいたらしい。明け方の銃声はそれだったのか。俺も聞いたぞ。俺は運び去られる死体を見た。いや、死体を処理する人足として連れ去られたんだ。この村にも伝染病が入ったのか。死体は焼き捨てられるんだ。兵士はまず家畜たちを全部焼き殺すんだ。そのあと家から家へ火を放って隣の村もこっちの村も丸ごと人間も赤ん坊も引っくるめて焼き付くしちまうそうだ。

 私は傷口の糸を結んでいる夫の横顔を見つめながら、黙りなさい、と夫が叫ぶのを待っていた。しかし彼は縫合のあとに残った血をアルコール綿で丁寧に拭き取り、ガーゼをのせ油紙をのせ包帯を巻くまで一言も発することなく自分の手元だけを見つめていた。牛乳屋の主人もまた押し黙って夫のするに任せていた。私には男たちの喋っていることが何の根拠も無い噂であるのは判っていた。それではただの嘘かと言えば何もかもわからなくなる。夫だってそうなのだ。否定したくともすがるべき事実が無い。

 突然、診療所の外で車の音がし、そして止まった。入り口の扉が開くと同時に銃を構えた兵士がなだれ込んで来た。夫が何かを叫んだ。兵士は全部で六人。うち五人が放射状に村人と私たちに銃を向けて立ち、その背後で一人の兵士が薬品棚を見回した。彼らが何処の部隊で何の目的で来たのかを夫は大声で質していた。政府の衛生機関は何をしているのだと詰め寄った。その間にも兵士は無言で棚の薬瓶を次々にジュラルミンケースの中にしまい込んでいく。私は夫の背中ごしに夢中でそれらの薬品を確かめようとした。兵士はいくらかは知識があるように思われた。彼は麻薬の類、睡眠薬、鎮痛剤、そして抗生物質をひとつ残らず鞄に納めた。何をする、なぜ何も答えない。夫の声が続いていた。私は後ろから兵士にわからないように、だが強く夫の手を引いた。夫は黙らなかった。

 兵士が窓に向けて発砲した。村人たちは床にうずくまり、私は目を閉じた。夫が撃たれる。その考えが頭を掠め、あわてて目を開けたとき兵士のひとりが私に銃を向けて言った。

「家の中を見せてもらおう」

 夫がそれを遮って叫ぶ。家の中には何も無い。

「確認するだけだ」

 私は銃の先を歩かされて部屋に入った。何を見せろと言うのだろう。部屋に入ると兵士は私に突き付けていた銃を無造作に肩に掛け、いちいち私に確認しながら戸棚を開け、物置を開け、寝室や浴室を一巡りした。扉一枚開くにも断りを入れるその律義な様子が私には奇妙に思えた。と同時に彼の組織での地位や責任の高さを窺わせた。兵士はバッテリーにつないだラジオに目を遣った。が、それを無視した。

「夫は銃は持っていません。猟もしませんし」

 色の白い端正な顔のこの青年が、先程窓を撃ち抜いたことが私には信じ難かった。徴兵されたにわか兵士ではないだろう。私は軍人というものを見たことがなかった。この国に徴兵制があることは知っていた。夫も日本に来るずっと以前に兵役に就いたはずだ。しかし、それはたった半年間の夫が言うには「ボーイスカウトみたいなもの」で、この村に暮らして以来、この国に軍隊があることすら考えたこともなかったのだから。

「あなたは外国人か」兵士が私に尋ねた。

「一昨年結婚して日本から来ました」私はこの会話を頼りに畳み掛けるように付け加えた。

「本当に伝染病なのですか」

 兵士は無表情に私を見据えた。今にわかる。兵士の低い呟きがそう聞き取れたと思った瞬間、とっさに銃を身構えた兵士は今までの声色とは全く違う険しい言葉で私に診療室へ戻れと怒鳴った。

村の男たちは両手を頭に掲げて床に伏せていた。その背中の上で兵士が銃を低く構えて待っていた。私を夫のほうへ押しやると兵士たちは銃口をこちらに向けながら戸口から次々と出て行った。鈍い射撃音が響いた。夫の車のタイヤを撃ち抜いて行ったようだった。

村人たちがひとりまたひとりと半ばよろけながら立ち上がった。大丈夫か、と夫が訊いた。私はひと呼吸つかなければ話せなかった。部屋にはもともと何も無いもの、ただ見ていっただけ。夫は村人に向かって言った。みんな。その声はしわ嗄れていた。夫はもう一度もっと大きく言った。みんな。もう此処には麻酔もない、化膿止めもない。だからみんないいかね、争いはしないでくれ、冷静になるんだ。

 兵士の侵入で村人たちはすっかり脅えてしまったようだった。これから一体何を飲み何を食べたらいいのかと、涙声で夫に尋ねる者もいた。夫は、井戸水に害はないこと、貯蔵してある作物は節約しながら使うこと、いま畑で栽培してあるものは取り入れてもよいが事態がはっきりするまで食べるのは避けることなどを村人に言い聞かせた。村長と牧師がいなくなった今、誰もが夫を頼りにしているのがわかった。

野良に戻っていく男たちはいなかった。いつも診療室を覗きに来る、悪戯好きな子供たちも今日はいなかった。夫は険しい表情で割れた硝子を片付け、何度となく受話器を取り上げては元に戻し、診療机に肘をついてじっと考え込んでいた。私はと言えば台所と診療室をただ行ったり来たりしてはみても何も出来ず、窓から丘の向こうを窺い、人気のなくなった草地に風が波を起こすのを眺めていた。それでも心のどこかで明日になれば軍隊は引き揚げ、何事も変わらない日常が繰り返されて行くのだと信じる不思議さがあり、それが怖れの反動なのか未知の勁さなのかわからないでいた。

 

 

 次の日の早朝、私たちは激しくドアを叩く音と悲鳴に跳び起きた。懸命に叫びを上げていたのは、数件先の木こりの家族とその子供達であり、夫が木戸を開けて彼らを入れ、事情を訊こうとする間もなく今度はジープが止まり兵士らが次々に侵入して来た。幼い子供らは私と夫の背後にしがみついていた。木こりの両親は泣き叫びながら兵士に連れていかないでくれと懇願していた。私たちが聞き出せたのは、十歳未満の子供は全員隔離するということだけだった。本当の原因も、子供達が行く場所も何ひとつ教えようとはしなかった。そうではない。任務に忠実な若い殺気立った兵士たちはそのことについては彼ら自身も知らない様子だった。

 兵士たちは両親の抵抗にてこずり銃身で彼らを殴り倒し、理由もわからず三人の子供を抱き締めている私と夫の腕を毟り剥がすようにして子供の体を奪い取って行った。暴れる少女の靴が脱げ床に転がった。下の子が最後まで掴んでいた爪が私の手首の皮膚を破り血が滲んだ。兵士らは数人がかりで横倒しにした子供を抱きかかえ、よそから廻って来た装甲車の狭い口に押し込んだ。中では既に捕らえられた子供の泣き声が聞こえていた。装甲車を追いかけて私達は村の奥まで駆けたが、あちらでもこちらでも子供と親の悲鳴と兵士たちの叫声が聞こえ、逃げ惑う子供らが必死に走り、転倒し、追いつかれ、また兵士に挟み打ちされて次々に車に詰められていくのを見届けなければならなかった。

 その後、初めて私たちの眼前で死者が出た。猟銃を持ち出して来た父親が身構えた瞬間、その身体が後方へ崩れ落ちるのが見えた。夫が走り寄り鮮血の溢れ出る傷を塞ごうとしていた。が、その父親が間もなく息絶えていくのを誰もが知らなければならなかった。錆色の血が夫のズボンを染めていき、ゆっくりと流れて落ちるとその血は黒く変化して地面に滲みた。

 低い嗚咽がどこからともなく流れて来た。それとともに人々はからだ中から絞り出すかのように呪いの声を漏らし始めた。見ると服も整えずに飛び出して来た母親たちがスカーフも被らず、梳かす余裕さえなかった髪を乱しながら天を仰いで泣き叫んでいる。全ての人の慟哭は草の上を渡る風に乗って野を巡った。立ち尽くした農夫の低い唸りと若い母親の突き刺すような叫び。これらの声を私は知っている。救急病棟で喉や胸を切り開かれたくさんの管やコードで繋がれ、まるで見知らぬ人のように変わり果てた遺体を突き返された時の家族の悲鳴だ。朝には笑って出て行った顔、昨日までは共に話し、食事をし、歩き、触れ合っていた身体が、魔物の手でさらわれ屑物入れに放り込むように打ち捨てられるのを見せられた恐怖の声だ。人間は普通そのようには死なない。次第に衰えてくる身体と向き合い、とどまろうと願う意識と、訪れようとする闇の不安とを反芻しながら残された時を抗い続け、苦しみと力がひとつずつ折り合いをつけるように生命の機能を失っていく。そのように人間はゆっくりと死ぬのだ。私はこの村へ来てそういう秩序ある死を取り戻してきたはずではないか。そのときには村人はみんな優しい涙を流したではないか。

 私は家へ逃げ帰り、寝室に飛び込み、寝台のカーテンを閉ざしてベッドの上で激しく泣いた。声を上げて耳を塞ぎ、ひょっとしたら正気を無くしてしまうことが出来ないかと希った。自分のものとは思われない甲高い声が頭の中に響いていた。私は声という声で脳の動きを止めてしまいたかった。しかし泣けば泣くほどに頭は冴え渡った。声は嗄れて咳き込んだが意識は泣いてはいなかった。私には全ての出来事を冷静に思い起こすことが出来、ここにいる自分の存在を忘れてしまうことなど不可能だった。いま起きている悪い夢のような信じ難い物事が私には信じられた。その代わりに私には既に今までの日々が霞んでいた。私たちがここで子供や老人たちの診察をして僅かなお金やお金の代わりの野菜や果物を報酬として貰い、放牧された羊たちを眺め、一緒になってジャガ芋を拾い、荷馬車の後ろに腰掛けた子供たちに手を振っていた日常がもう私には信じられなくなっていた。ほんの三日前のことだというのに。

 私は枕に顔を伏せたまま放心した。窓の向こうの丘陵を巡る一本道をもうすぐ自転車を漕いで郵便屋がやってくる時間だ。だが私はそこに、土埃を上げて迫ってくる兵士を乗せたジープを見る。瑞々しく生え揃った牧草の上には、転げながら逃げ惑う子供らの恐怖に歪んだ顔を見る。

「僕だよ、大丈夫かい」

 寝台のカーテンの向こうで夫が呼びかけていた。  

 私は答えられなかった。しばらく立ち尽くしていた夫は部屋を出て行き、私が疲れてふと眠り掛けたころ戻って来ると再び私の名を呼んだ。私は起き上がって手のひらで涙の跡を擦りカーテンを開けた。夫が両手に皿を持って立っていた。彼はまず私を見降ろして微笑みかけると、二枚の皿を寝台の脇のテーブルに置いた。それから窓辺へ行き、今朝から締め切ったままの鎧戸を開けた。部屋の中は不意に白い光で満たされ、淡い陽差しの中に小麦色の湯気が立ちのぼるのが見えた。

「僕たちはまだ朝の食事をしていなかったね」

 私は驚いていたと思う。だがその驚きを表情であらわすには長い時間泣き喚きすぎて顔の神経は硬直していた。結婚以来、珈琲茶碗ひとつ動かしたことのない夫が私の代わりに朝食を運んで来てくれた。もう牛乳はなく、トウモロコシの粉とチーズを水で煮ただけの皿を手に取り、幾分照れたように夫は私に勧めた。私は微笑もうとした。口の下の筋肉がピクリと引き攣った。それが笑顔だった。その顔で私は夫を見上げた。金色が混じる睫毛が瞬き、目尻には深い皺が刻まれていた。父親のような表情を彼はしていた。私は皿を両手で受け取った。揺れながら昇っていく湯気に頬をあて、それが暖かいことを私は思い出した。湯気が少しずつ頬のこわばりを溶かしていった。分断された日常の切れ端をようやくひとつ拾い上げた気がして私は手にした皿を愛おしく見つめていた。

「いま兵士たちは家々を探って銃や武器になる農具を押収してまわっている。だがここへは来ないだろう。昨日確認して行ったはずだからね。だから安心して食べなさい」

「おなかが空いているかどうかも私は忘れていたの」

「君が食べたくなくても、君のベビーが欲しがっているよ」

 そうだった。私はあわてておなかに手をやった。確かにここにいるだろうか。恐怖で死んでしまったのではないだろうか。不意に身体の中であのどくどくっという胎動が蘇った。きっとこの子も怖かったのだ。私が我を忘れて走り回り、大声で泣きわめいている間ずっと胎内の子はうろたえもせずに耐えていてくれた。

私たちは味の無いオートミールを何度も口に運んだ。私にはするべき仕事が残っていた。それを夫にさせてしまったことを私は恥じていた。私は縫い物をしなくてはならない。たとえ兵士に収容所へ連れて行かれても、生まれて来る子供の肌着やおしめやキルトを縫わなくてはならない。夫の伯母さんの所で紡いでもらった毛糸で、たくさんの編み物もしなくてはならない。それは私にしか出来ない仕事。夫の手に彼の子供を届けること、それは私にしか出来ない。

食事を終えると、私は立って窓を覗いた。ここから兵士の姿は見えなかった。一体何をやっているの。私は無性に腹立たしく思った。武器を持っているのなら私たちを力ずくで何処へでも連れていったらいい。あなたたちの要求をはっきりと示して、クーデターでも何でも起こしたらいい。

私は床に置いたバッテリーにつないだラジオのスイッチを入れた。管弦楽の旋律が途中から流れ出した。夫の声が背後から私を止める。

「わかってる、電池は貴重だもの」

電源を切るとつかの間の調べが空気の中にかき消えた。耳に残る余韻で私は今の調べが2ペールギュントであったことを思い出した。

「ラジオが聴きたかった訳ではないの。いつもの放送がされているのを確かめたかった、今頃は午後のクラシックアワーだと思ったから」

 私は無言で私を見つめている夫のところへ行き彼の膝に座った。彼の頚に腕を廻し、こめかみをゆるやかに波打っている前髪を梳いていると、もう私の心は完全に落ち着いた。

 私が東京でまだ新米の看護婦として初めての小児科病棟に勤務していた頃、私は何人もの死んで行く子供たちとその親たちを見た。悪性の血液疾患と小児癌がほとんどだった。その中に生後八カ月で脳腫瘍に冒された子供がいた。腫瘍が脳を圧迫し自力でミルクを飲むことも出来ず、高カロリーの輸液と酸素の管に常に繋がれた状態だった。不思議な母親だった。決して取り乱さず、意識の混濁した子供の小さな胸を普通の赤ちゃんをあやすようにいつもゆっくりと手のひらで拍子を取りながら小声で話しかけていた。朝七時に運ばれて来る食事をベッドの端に乗せて子供と向き合いながら済ませると、その母親は床頭台の上のラジオを毎日必ずつけた。FMで朝のクラシックを聴くためだった。周りに配慮して自分が聴こえるだけの小さな音に耳を傾けながら、ラジオの前で母親は花模様の器で珈琲を飲んでいた。三十分間の放送が終わるまでの間うつむいて半ば目を閉じ、それまで片時も目を離さなかった子供のこともしばし忘れたかのように身動きもせず、時々ゆっくりと珈琲を口に含んだ。そのひとときには厳かなミサの緊張さえ感じられ医師も看護婦も話しかけるのを遠慮した。ラジオのクラシック音楽と珈琲の習慣は子供が亡くなる日の朝まで変わらなかった。

 私は拙い言葉を繋ぎ合わせてその母親の話をした。

「彼女は決して我儘を通していたのではないと思う。大切なのは日常を保ち続けようとすること。毎朝いつもと同じクラシック音楽がラジオから流れて来るのを確かめることなの」 

 夫は目を伏せていた。

「何とか村から出られないだろうか」

「え?」

 夫は床の一点を見つめたままでいた。私には出られない。まず私が思ったのはそのことだった。夫は一体どのような手段で軍の包囲の中を出ていくと言っているのだろう。私のおなかには子供がいる、私には出られない。それを知っていて夫はひとりで行くつもりなのだろうか。夫は瞳を真っすぐに私に向けた。

「冷静に考えて、これから何が起こると思う」

 私は夫から離れてベッドに腰掛けた。ただ一度の嘘も誤魔化しもこの瞳の中に見たことは無い。何かを諦めてしまった失望の色もそこには見えない。

「子供たちは何処へ連れられて行ったと思う」

 私は答える代わりに懸命にかぶりを振った。

「こんなことはきっと長く続かない。誰も病気になっていないし、家畜も死んでいない。きっと間違いだったことが判って軍は帰っていくわ、そうでなければよその人間が気づくでしょう。電話も郵便も繋がらない。もう三日間も。きっと誰かが調べているわ。間違ったことは絶対に続かない、みんな嘘だもの」

「私はそれを確かめに行こうと思う」

「どうやって。殺されるわ、今朝の父親のように。軍が来てまだ三日目なのよ、何が起こったのか何もわかっていないのに‥‥‥」

 きっと私はおよそこの村の女らしからぬ口答えをしているのだ。村の女たちは主人のすることに反対などしない。聞き入れられる見込みがないのを知っているからだ。私の夫は村を出て大学にも行き、外国の生活も体験した。おそらく村で最も学識も理性も備わった人間であるからただ黙って思慮深い顔で私を見つめているだけなのだ。けれども私の反論は夫の考えを揺るがしはしないだろう。彼はこの村で生まれ育って来た男だから。

「もし何かのウイルスが侵入して来ているのなら私たちはここで見殺しにされるの。それとも一か所に集められて全員焼き殺されるの。湖の周りの岩盤の下には巨大な核シェルターがあるって、昔あなた言っていたわね、こんな小さな村にそんなものあるわけが無いって私は信じていなかったけど。本当にあるの?そこなら全員を集めてホロコーストの再現ができるわね。そんな馬鹿なことが実現するなんて信じないわ、信じないけれど‥‥」

 診療室の鐘が鳴らされた。私は息を飲んで夫と顔を見合わせた。なにもかもが恐ろしいことの前兆に思われた。夫は私の不安を打ち消すかのように立ち上がり際に私の髪を撫で部屋を出て行った。私はあわてて後を追う。

 若い母親が二人立っていた。私はすぐに理解した。彼女たちは赤ん坊を連れて行かれたのだ。私たちの顔を見るとスカーフの間の大きな瞳から涙が溢れ出し、堰を切ったように言葉が溢れた。

 私は彼女たちを台所へ促した。診療室よりも落ち着くだろうと思ったからだ。椅子に彼女たちを腰掛けさせ、その前に夫が座った。私は珈琲を入れようと竈の前に立つ。 

 子供たちは何処へ行ったのでしょうか。私の子はまだ六カ月なのです。母乳を与えなければ死んでしまいます。乳が痛んで気が付いたのです、おっぽいをやる時間なのです。あの子はおなかを空かせています。兵士はミルクを与えてはくれないでしょう。私の夫は車の後を追って行き、兵士に発砲されました。ええ、大丈夫です、弾ははだけた上着を通って抜けました。でも夫が言うには車は湖へ向かったそうです。それで兵士たちは子供をみんな湖に棄ててしまうんだって、夫がそう言うんです。

 子供たちは本当に病気なんでしょうか。病気だから殺されるんでしょうか。

 それは違う、と夫が否定した。

「私は村の人たちを調べてみた。ここには伝染病の患者はいないし、軍にもそれは分かっている筈だ。でも一番感染に弱いのは子供たちだから、軍は安全のために全員の子供を保護したのだ。何かが発生したのだとしたらこの村の外でのことだと思う、でも私はこの村は大丈夫だと信じているよ。安心なさい、私は軍に願い出て調べてくることにしたから。きっと子供たちの様子も、健康でいることを見て来てあげるから」

 私の手が止まった。

「本当ですか。いつ私の子に会えますか」

「それには少し時間が掛かるかも知れないが、大丈夫きっと何事もなく子供たちは帰る」

 夫は彼女たちの顔を覗き込みながら真顔で言い聞かせた。他には言いようが無いのだ。彼女たちを混乱させないための優しさがそう言わせているのだ。私は満ちてくる不安を心の中から押し出そうとした。悲しいことに心を隠す訓練は看護婦の生活ですっかり身についてしまっていた。私は珈琲を運んで彼女たちに差し出す。ありがとう、と母親たちは顔を上げた。ひとりは私よりもずっと若く黒い瞳が水のように輝いていた。もうひとりは肉付きの良い頬に薔薇色の赤みが差し、農婦らしい健康さをたたえていた。

「胸が張ったら絞った乳で麦を煮てそれをあなたがたの栄養になさい。乳は搾り続けていないとすぐに出なくなってしまうわ。赤ちゃんが帰って来たとき乳が出ないと困るでしょう」

 私は不思議なほどにすらすらと言葉を口にし、母親たちに笑顔さえ向けた。

 彼女たちは心底から私の言葉を信用して頷いた。そして嬉しそうに珈琲を啜った。この女性たちも私と同じく他人から何かをしてもらう嬉しさをここ暫く忘れていたに違いない。赤ん坊を産んでも村の男たちは家事には手出しをしないし、一緒に暮らしている祖母や姉といった女たちも余分な助けは一切しない。家事も農作業も子守も全てに同じように懸命に陽があるうちはみな働いてきた。家族のためにお茶を入れるのは家で一番若いこの娘たちの仕事だろう。だが、人が差し出してくれる好意の暖かさは心をほぐす。私は先程それを実感した。だからほんの一杯の珈琲でも、立ちのぼる香ばしい湯気が彼女たちの悲しみを溶かす手助けになってくれれば‥‥‥。私はこの信じやすい娘たちに深く共感していた。 

「私も三月後には母親になるのよ。主人は初雪が先か、赤ちゃんが先かといつも言うの。私は赤ちゃんが先にやって来てほしいわ」

 私は前掛けの下の膨らみに片手を置いた。それはおめでとうございます、先生の奥さん。きっといい子が生まれます。ふたりは代わるがわる私の身体に腕を回し、頬に祝福のキスをくれた。そして農作業で節くれた肉厚の掌で私の手を取った。彼女らに比べたら私の手は子供のように小さかった。

「赤ちゃんはきっと元気で帰って来るわ。そしたら私に赤ちゃんのことをいろいろ教えて。赤ちゃんを背負うときのショールの編み方も、子供が大好きなベリーのお菓子や胡桃の砂糖漬けの作り方も。私は村へ来てまだ二年だから何も上手には出来ないのよ」

「もちろんですとも、先生の奥さん」女たちは顔を輝かせた。

「青いトマトの漬け方だって、茸のパイの焼き方だって何だってお教え致しますとも、それから子供の服にする刺繍や‥‥」

彼女たちは口々に自分の得意な手仕事のすべてを並べ上げ始めた。そうだ。女にはたくさんの仕事がある。鍋を持ち、針を持ち、その手を絶え間なく動かしている限り女は絶望に心をさらわれることは無い。私は彼女たちの手を握り返した。あなたたちに会えて本当によかった。

 

 

 夫が私の働く病院へ研修医として派遣されて来たのは五年前のことだった。彼のほかにも、エチオピア、モンゴル、カンボジア、パキスタン、ウズベキスタンなど、全部で八名の医師がいた。一年間の予定で先進医療を視察し、帰国後はそれぞれの母国で立ち遅れている病院建設や医療器材の整備を指導する職務に就くことになっていた。一年間とはいえ幾つもある診療科を廻るのだから、私のいた救急救命センターに彼らがいたのはたった三週間だった。しかし私には充分だった。激しい勤務状況の中で私が彼と言葉を交わしたのは延べにしてほんの数十分のことだったろう。だがそれは、私が自分の人生を決断するに足る時間だったのだ。

 若い母親たちが帰って行った後、私は食卓の上で珈琲茶碗を持ち上げている夫の手を見つめながらあの頃の事を思い出していた。

 私は最初に夫の指に恋したのだった。節と節のあいだの骨が長く、肉の薄いしなやかで大きな手。

 手術の様子を見学するとき、他の医師と同じように彼は丹念に両手を洗った。誰もが似たような行動をしていたというのに私の目はなぜか彼の手元に魅きつけられた。彼は両手に石鹸を泡立て、ブラシを使って爪の間を丁寧に擦り終えると、十分に清潔なその手にさらに消毒液をポンプでかけて両指から手首にかけて擦り込んでいった。その一連の動作は素早く、彼が振り向くと、すぐさま上に掲げたその手に施術用の手袋を看護婦がはめるのを待っているようで、私は彼が大変有能な外科医であることを窺い知った。

 こちらを向いた彼と視線が合ってしまうと、私はうろたえを隠せなかった。心臓が滅菌衣の中を駆け回った。耳まですっぽりと覆ったオペ用のキャップと大きなマスクをしていなければ私はその場を逃げ出していたかもしれない。彼は、手を洗うのが好きなんだ、と英語で言った。日本の水は優しい、と。

 人と人の結びつきにもっともな理由など無い。時間は自由に長さを変え、遠く隔たった距離は一個の重なり合った点にも成り得る。そうして彼は私にとって最も近い人となった。

 日本での研修期間が終わった後は、森と湖の美しい絵葉書が私に届くようになった。彼は自国の首都で国立病院の外科部長として若い医師たちの指導に当たった。昼夜の別なく手術と講義と政府機関の委員会に奔走する日々が絵葉書から読み取れた。私は彼からの葉書を心待ちにしつつも、ある日その文面が、彼とどこかの財産家か政治家の令嬢とが婚約したことを伝えて来るのだと、半ば諦め、覚悟していた。

 しかし彼は突然病院を辞めた。簡潔な絵葉書の言葉は、故郷で医師をしていた父親が亡くなったこと、北部のその土地にはおおよそ百キロ周囲に医師がいないこと、今できることをするために自分は故郷へ戻ることが記されていた。

 今できることをする。

 夫はそういう人なのだ。私は手を伸ばして夫の指先にそっと触れた。

「準備をするわ」

夫は目を上げて私を見据えた。明るい鳶色の瞳が静止していた。

「干し肉のサンドイッチを急いで作るわ。チーズと、ああそうだわ、母が送ってくれたチョコレートも非常食になるわね。夜は体が冷えるからウールのシャツを着て行って、あとは」

 立ち上がりかけた私を夫の腕が引き止め、椅子へ戻した。私の側へ近づいたその胸元に私の頭はしっかりと抱きかかえられた。パンとチーズだけでいい。私は夫の白いシャツに顔を擦り付けその匂いを片時も忘れることのないよう胸一杯吸い込んだ。金色の巻き毛の覆う彼の堅くしかも弾力のある素肌に直接口づけるつもりで、彼の胸ポケットに唇を押し当てた。差し迫った時間の猶予の限りを彼に抱かれていたい。願わくば鎧戸を締め切り、寝台の周りに巡らしたカーテンをすっかり閉ざしてその小さな空間の中で、全てを忘れて夫に身体を預けたい。けれども夢想よりは、決断のほうを選択しなければならないのは分かっていた。私は漸く顔を起こした。

「ここにいて」夫は私を座らせると立って奥へ消えた。後ろ姿に西からの陽光が柔らかく差し掛けていた。

 戻って来た夫の手にはカメラがあった。こんな田舎では現像も遠くの町へ送らねばならないため、余り使わなくなってしまった日本土産のカメラを食卓の上に置き、夫は私の首元の釦に手をかけた。ついばむような接吻をしながら夫は私の前掛けを解きブラウスの前を外していった。袖を腕から抜き取り、スカートを止めている紐を片手で引く。彼が何を求めているのかが理解できた。私は夫の肩に手を置いて動きを止め、彼から少し離れた場所の、ちょうど傾いた夕陽が流れ込む日溜まりに彼の方を振り向いて立った。裸足になり、ペチコートもその下も脱いで、子供みたいに照れてどうしたものかと戸惑っていると夫が微笑んだ。

「膨らみが見えるよう少しだけ横を向いて、そう」

 夫はカメラを構えてシャッターを切った。その音がくすぐったく、また斜めの陽が顔に目映く私は片手を額にかざした。その瞬間を夫が写し取る。まるで敬礼をしたような送別の仕草。

 夫はフィルムを巻き上げて蓋を開けた。

「町へ着いたら現像して君に送るよ。郵便が不通なら誰かに届けさせる、どんなことをしてもね。僕の無事の証明だから」

 そのとき小刻みに扉が叩かれた。先生、と押し殺した声がする。夫の顔がこわばる。私は衣類を丸抱えにして次室に飛び込んだ。

「先生、もう時間がない。兵士が村人を集め始めた。夕暮れまで待ったがいいと思ってたんだが間に合わねえ」

 木こりの親方の慌てた声が聞こえた。と同時に遠くで銃声がした。私はブラウスの前もろくに止めずに台所へ走り、あるだけのパンと半かけのチーズを麻袋に押し込んだ。拡声器で呼びかける声が聞こえる。しかし言葉は聞き取れない。あと何か持たせてあげられるものは。夫の顔を見ている暇はなかった。声が急に近くなった。兵士が怒鳴る。全員外へ出るように、避難を開始する。

「リョーコ、僕は行く」

 私は麻袋を夫に手渡した。裏から出るよ。森へ逃げたらそこで夜を待つ。大丈夫、親方は森の番人だから、森のことなら何でも知ってる。君は診療室へ。

気をつけて、と私が言う前にかがんだ夫の唇が触れ、次の瞬間、夫と森番は扉の向こう側へ出て行った。私は言葉を飲み込んだままだった。避難を開始する。全員外へ整列せよ。怒号が近づいていた。

鎧戸から夫と森番の行く姿を見送る余裕もなく、私は急いで診療室へ入った。兵士が来る前にそこに居なくては。夫のことはどう言えば。急病人のところへ、それとも何も知らないと‥‥‥。

 この前兵士が撃ち抜いて行った診療室の窓の破れ目に、夕暮れ前の光を孕んだ銀色の空が覗いていた。その場所を睨みながら、私は身支度を整えた。ほつれた髪を手のひらで撫でつけ後ろでひとまとめにし、いつもは頭全体を覆っているスカーフを細く捩りそれで束ね髪を思いきり強く結んだ。兵士が戸を開けた。

「何をしている、外へ出ろ」

 私は兵士の声を背中で受けた。夫が一瞬触れていった唇の柔らかみをこのときになって自分の口に感じつつ髪を結んでいた私は、おそらく日本人に戻っていたのだ。村では長い髪を自慢する女たちはスカーフを被ることはあってもみな肩に髪を垂らしていた。髪にリボンを結ぶのはここでは学校へ通う少女のすることだった。私が日本で看護婦をしていた頃は、ロッカー室の鏡に向かいいつも後ろできつく結んだ髪にナースキャップを留めていた。それが患者の前へ立つときの最終チェックになる。ここへ来て村の衣服を着て、言葉が馴染んでくるとともに村の女たちの日常に溶け込んでいった私はもう髪を結ばなかった。しかし今や私は、頭の中で懸命に日本語を捜していた。

 医者はどこだ、と言う兵士の問いに私は、知りません、と答えた。兵士にはそれが理解できなかった。彼は少し苛立ってもう一度同じことを訊く。私も日本語を繰り返した。一体私たちをどこへ連れて行く気なの、避難だなんて、伝染病だなんてみんな嘘、あなたたちは何を企んで‥‥。幼さの残るその兵士が発砲しなかったのは突然の異国語に戸惑ったか、単に珍しい女を見たきまぐれからだろう。しかしすぐに私は両手を挙げて、私は妊婦だからおなかは撃たないでと彼らが解るように懇願しなければならなかった。ひとりが私に銃口を向け、もうひとりが夫を捜すために家に入って行った。夫と森番が姿を隠すまでの時間稼ぎがそれで足りるのか不明だったがやっと私は兵士に説明した。

「夫は事情を訊くために先にあなたたちの司令部へ行きました。夫は医師です。政府の衛生機関の情報を知りたいと言っていましたから」

 家を探っていた兵士が戻り、私は銃を突き付けられたまま外へ出された。

 牧草地に村人たちが犬に追われた羊のように丸く集まって来ていた。それを取り囲むように、体中に砲弾をまとった数十名の兵士が銃を掲げていた。

「我々は政府に全権を委託され、あなたがたをこの村から避難させ、全員の健康が確認されるまでの一定期間収容施設に隔離する任務でここへ来ている。これから直ちに移動を開始する。老人は装甲車に乗ることを認めるが、歩けるものは徒歩で行くこと。従わない者は感染を阻むためにやむを得ずこの場で射殺し、遺体を焼却せよとの命令である。もう一度繰り返す。感染対策のためあなたがたを避難させ、一定期間隔離したうえで安全を確認し‥‥」

 ゆっくりと夕闇が迫って来ていた。丘陵を冷たい濃霧が覆い始める。その向こうに呑まれていく明かりの灯らない家々の影。羊たちは畜舎へ戻れない。ほんの三日前なら、竈でスープが湯気を膨らませ、子供らは食卓の椅子で待ち切れずにフォークを掴み、男どもが暖炉の前に陣取って狩りの相談をしている時間。みんな今日一日で何かまともな食事をしただろうか。兵士にせきたてられショールも持ち出せなかった女たちは青ざめ日暮れの冷え込みに耐えている。私は不安になっていた。もし兵士の言うことが本当だとしたら、本当に軍が私たちを救出に来たのだとしたら、この場にいない私の夫はどうなってしまうのだろう。周囲の村にはどこまで汚染が広がって来ているのだろうか。森番はこの村を囲む森林や湖やそこで暮らす動物たちのことを誰よりもよく知っている。彼には感染の気配が見えていただろうか。何も徴候がないからこそ、夫の道案内をしてくれている筈ではないのか。

 見知った顔が一様に、先生は、と私に尋ねる。ええ大丈夫、軍の責任者と一緒に‥‥。

裏切り者、という言葉が不意に頭をよぎり私はおののいた。いいえ、夫は誰よりもこの村のことを想っている。だからこそ命の危険を冒して出て行った。でも一方で私は、これが本当ならば村人はみな安全な施設に収容され、穏やかな日常を取り戻すことが出来ると思い、私は内心でそれを願っている。今の私に、村人とともに軍に従いて行くこと以外何が出来よう。もうすぐ生まれてくる私の子供には危険のない場所が何よりも必要だ。軍とともに行けば状況が見えるだろう。みんなもそう思っているに違いない。安全が確認されさえすれば母親たちは連れて行かれた赤ん坊にもきっと会える。みんなが子供に安心して乳がやれる。でも、私の夫は‥?

 村人たちは前のほうから整列を始めた。近くに牛乳屋の女将さんがいた。女将さんは私を見て無言で頷いた。ほんの二、三日で幾つも年老いたように見える。女将さんばかりではない。誰の貌にも疲れた皺が刻まれ乾いた唇は動かない。女将さんの脇には兵士に足を撃たれた主人が肩を借りて立っていた。やって来た兵士が牛乳屋の主人を見つけると、おまえは車へ乗れと言って連れて行った。私は女将さんの手を取るようにして隣に並んだ。そのときだった。

「こっちへ来い」

 自分のことだとは思わなかった。お前だ、と銃を向けられて私はひるんだ。

「お前は日本人だそうだな。お前は別の車で行く」

 兵士に腕を取られ私は列を外された。どうして。見上げた兵士の顔はあまりに無表情で私は何も考えられなくなった。

「リョーコはこの村の人間だよ、連れて行かないでおくれ。私達と一緒なんだよ、何処へ行くの、リョーコおいで。リョーコ‥」

 女将さんが懸命に叫んでいた。振り返ろうとする私の背を銃の柄が乱暴に突いた。

 

 

 雨、だろうか。そんな匂いがした。

 豚の油脂と松の燻煙とが何層にも焚き込められ、そのうえに長い年月を経て苔むした重く湿度を孕んだ大気が私を取り巻いている。ざくざくと泥砂利を踏みしだいて歩く複数の短靴の音を聞いた気がする。いえ、それは記憶の回線が再生する音。何も聞こえない、今は何も。夜の風も虫も、静けさの中に在るしじまさえも。

 私には黒褐色の小さなひび割れが見えるだけ。堅パンの表面に出来たようなその裂目がもう随分と長いこと見えている。私の目に映っているそれは何なのだろう。首を傾けたい。だがどうしたらそう出来るのかがわからない。ならば視線だけでもずらしてもっと良く確かめようと願うと、目の前のひび割れが横へ移動した。私の方ではなく舞台が動いたようだった。

 やがて今見ていたものが、細かな亀裂が無数に走る等しい形のブロックの重なり合いだということがわかり、私の意識はその湿った溝の間から這い出した。天井の片隅に貼り付く多足動物にでもなった気がする。煉瓦と煉瓦の隙間からはほんの僅かずつ水が滲み出ている。雨だろうかそれとも地下水。私の視野は壁をつたう雨雫のように、セメント塗りの天井からぶら下がる。

 縺れてひとかたまりになった蜘蛛の巣。その中に小さな蜘蛛が搦め捕られて死んでいる。その先を辿っていくと葡萄の蔓と実を模した飾り電球が見える。が、今は灯りを灯してはいない。だから天井のあたりはこんなにも暗いのだ。私はガラス球の中の縮れたフィラメントを覗き込む。確かにそこには闇が閉じ込められてはいたが、導線の角が微かに光り、どこかに光源があることを窺わせた。私は灯りの源を見つけるために壁から離れ思い切って翔んでみた。手足で跳ねたわけではなく、思いと同時に私は浮遊した。

 私の眼は、軽やかに舞い降りる羽毛の速度でひるがえり廻転し、私は壁に生えた鉄製の錆びた燭台や、欠け落ちた煉瓦の下の白い凹みや、部屋の片隅に積まれたらしい木箱の刷り込み文字の周辺をぐるりと漂い、ようやく一本の蝋燭の灯りがつくり出す黄色い輪の中へ降りていった。

 女が横たわっていた。両眼と唇の間だけを残して包帯で覆われている。白い部分はほんの僅かしかなく、体から滲み出たもので染まった包帯。女の上腕に空いた穴にはチューブが差し込まれ、黄色い液体が彼女の中に入っていく。その一方で胴体の下の位置にはもう一本の管が伸び、中を通る血の固まりが女が寝かされている台の上から床の瓶に溜まっていった。床板にはすでに乾いてしまった大きな染みが黒い円を描いている。

 女は目を閉じている。瞼の端や頬にも小さな傷とこびりついた血の滓が見える。女の身体には青いシーツが掛けられていて、その下の器官がどうなっているのかは知ることができない。シーツの表面はゆるやかに丸く膨らんでいる。ちょうどそこは女の腹の辺り。丸く‥‥膨らんで‥‥‥?

 不意に床の上に光の帯が伸びてくる。扉が開かれ誰かがやってくる。寝台の傍らに立ち、だらりと垂れた手首を持ち上げて握る。屈み込んで包帯の陰の胸の音を聴診器で探る。次にチューブの具合を確かめ、傷口を手早く処置した後でポケットから細いペンライトを取り出す。先端に小さな明かりが灯る。その光で怪我人の顔を照らす。それは、私。

 私‥‥‥‥?

 男は私の瞳をペンライトで覗いている。彼が着ているのは白衣ではなく、迷彩服。指で押し広げられた私の眼球が光に透ける。指を離すと、私の瞳はすぐに閉じる。

 男は蛍火のようなペンライトを消すと、私を置いて行ってしまう。待って、行かないで。話を聞かせて。

 ここはどこですか。

 私はどうなってしまったのですか。

 私は先程と同じ暗がりにいることに気づく。私の意識の在る場所は、油じみた煤で変色した煉瓦の壁が天井と交わるその辺り。床に近い場所にはもうひとりの私が横たわる。ひどく負傷して、二本の管が出入りしている私の肉體。

私は何処で事故に遭ったのだろう。思い出せるのは濡れた小石を踏むようなたくさんの靴音。雨が降っていた。私は鼻の先と頬の一部分だけで雨を感じていた。その他の胴体や四肢が自分に備わっている感覚はまるで無かった。ガソリンの匂い。ゴムの焦げるきな臭さ。火薬と一緒に燃えていたのはタイヤか、あるいは人間の体か。

靴音は獲物を嗅ぎ回る狼のように私の側をうろつき、しばらくして私の身体は宙に浮いた。依然として頚も手足も何処にあるのか不明のままだったが、鼻を埋めていた泥水からは遠ざかった。靴を履いた狼たちに運ばれていくとき、私は泥ではなく一瞬花の匂いを嗅いだ。雨の中でひときわ強い香りを放つ夏の花。

 それよりも前の記憶があるはずだ。

 

 

 ご主人が心配ですか。木こりの男とふたりで森へ行きましたね、町へ出て助けを求めるとあなたに言い残して。でもそれは嘘です。彼はずっと以前から我々と通じていたのです。今頃は部隊に加わって、重要な任務を始めてくれているはずです。

 ジープは不規則な振動で私を揺さぶった。落ち着いて、どうですか珈琲でも。差し出す男の腕の先に水筒の蓋が握られ、ステンレスの器の中で黒い液体が上下していた。あれを飲んだら死ねたろうか。私が器を受け取らないのを見ると男は自分でそれを一口飲んだ。驚いてあなたが卒倒してしまう前に少し説明をしましょう。

 ジープの荷台の上から伸びてきた複数の男の腕に掴まれ、胎児の分だけ重くなった腰の辺りを別の手で支えられ、私の身体は一瞬のうちに車内に納まった。牛乳屋の女将さんの声はもう聞こえなかった。私を乗せるや否や兵士の合図ですぐに車は動き出した。カンヴァスの幌が閉じられる瞬間、私は飛び降りる気でいた。私はきっと拷問を受ける。私がこのまま保護される訳がない、夫の居所を問い詰められて私は殴られる。しかし地面はもう目まぐるしい速さで動いていた。私は飛べなかった。あるいはそうすべきだったのかもしれない。こうなる前に、自らの意志で胎内の子ともども大地に身を投げるべきだったのかもしれない。

 兵士の腕を振りほどこうと抗っていた私を止めたのが、あの男の声。私は振り向いた。短く丸く刈った髪、二重瞼の黒い瞳。その下の口から出て来た突然の日本語。さらに私を驚愕させた言葉の意味。ご主人は我々と通じていた?

 われわれって‥‥?

 車内灯の弱い光を透かして私は兵士を見た。見まごうことなく彼は東洋人だった。なぜ日本人がここに‥‥。遠い祖国の陸上自衛隊からたったひとり連れ出されてきたような男。突然に同胞を見つけ、私は疑心よりも先に意味もなく安堵を感じた。まるで開発援助のために土木作業をしに訪れたようなTシャツの身なりで、だがその下には逞しく鍛えられた筋肉と、腕の先に立て掛けた銃。何故こんなところに。この部隊は何なの。夢の中でなおも夢を見ている鈍い実感。車酔いらしい悪心がして私は目を閉じた。

 あなたはこんな田舎のちっぽけな村でいったい何事が起きたんだろうと驚いているでしょう。でも想像できますか、この村と全く同じ現象が、全く同じ時に、今このときに世界中の人目に付かないようなあちこちの場所で同時に進行しているんですよ。

 何のこと。伝染病のことを言っているの、それともこのよくわからない反乱のこと?

 私は何語で話していたのだろうか。私が向き合っていたのは本当に日本から来た男だったのか。疲労と黄ばんだ室内灯が見せた幻覚だったのかも。私は酔っていた。目眩がして、車を止めてもらいたかった。私が聞いたのはまるで根拠の無い作り話。思い出せない夢の記憶を無理矢理に手繰り寄せているよう。夫があの人たちの仲間。あの人たちって何。子供たちを連れ去って、診療室の窓を撃ち抜いて、村人を殺した、それはどこの国の人間?

 雨が降ってきた。幌がばらばらと激しい音を立てた。喉がひどく渇いて灼けてしまいそうな気がして、兵士の持つ黒い液体に手を伸ばし掛け、私はなおも信じられない言葉を聞いた。

 あなたは妊娠していますね。あなたを別に連れ出した理由はそれです。あなたにやっていただきたいことがあります。我々の為にその子を産んで下さい。

 私は耳を疑った。聞き返そうとして頭をもたげて見た男の顔が、白色の閃光に包まれていた。耳が聞こえなくなった。身体が前のめりに宙に浮いた。白い光は炎の色に変わった。投げ出される前におなかを庇おうと両手を差し出すことが出来たのかどうか。全てはここで途切れ、私は今ここに漂っている。

 私は死んだのだろうか。あと三月経たないと生まれ得ない私の子供は。私が見下ろしている私の肉體はかなり傷ついてはいるが胸の辺りは僅かに上下し、呼吸を繰り返していることを示している。あのおなかの膨らみの中にまだ赤ちゃんは生きていて、なのに私の思考だけここに浮かんでいる?さっき私を診ていったのは誰。私が肉體だけをそこに置いて宙空から見下ろしていたことを知っていただろうか。もしそのことに気づいたらどうなる。私の体は棄てられ、七カ月の胎児だけを取り出すのか。我々の為にあなたの子供を産んで下さい。何のために。守ってくれる人もいず無防備に横たえられたままの可哀想な私の身体。髪が全て燃えたのかもしれない。頭の包帯が痛々しい。脳がひどく損傷したのだろうか、それでこんな高みから自分を見下ろすように意識と肉體とが分離しているのだろうか。

 ここは何の地下室、それとも倉庫。私をこの穴蔵へ運んで来たあの短靴を履いた狼たちはいったい何処から来た人間なのか。私は助けられた、それとも再び捕らえられた?私の心臓がまだおそらく拍動を続け、腕にはわざわざ輸液の管まで差し込まれて生かされていることを私は喜んで受け入れるべきなのか、あるいはジープもろとも炎に包まれ燃え尽きてしまわなかったことを恨むべきなのか。私がまだこの部屋に漂っているのは、疑問符でいっぱいの私の魂を死神が持て余しているからなの。

 どこかで音がする。回転する刃が空気を切り裂く音がする。不要になった屍を切断しにくるノコギリ‥‥後ろ向きに整列させた村人たちに向けて一斉に連射される自動小銃‥‥。

 もしかして、政府軍の本物の兵士を乗せて降下して来る軍用ヘリコプター‥‥。

 いいえ。車体をバウンドさせ、石ころの道を走ってくるおんぼろの車―― 。まっすぐの田舎道を。

 遠くから、歌うような警笛を鳴らして。窓から出した腕にヘザーの花束を握り締め、左右に大袈裟に振りまわしながら。

 私を迎えに―― あの人の車が。

 

 

「お嬢さん―― 」

「もう子供じゃないわ」

「お美しいご婦人よ、いったいどこまで歩いて行くつもりかね。夜までかかったところで駅までは辿り着けやしないよ」

「車を拾うわ」

 この道を行くのはそうだね、週に一度の雑貨商のトラックと、日に一度のスクールバスくらいだね、それももう今日は行ってしまった。

 私と並んで前進する小さな車は今にも車体のどこかがはずれ落ちそうな空咳を繰り返した。

 この馬は年老いてはいるがね、乗り心地は最高だよ。しかも騎手は村一番の美丈夫ときている。

 美なんですって?私はそこで笑い出した。そんな言葉聞いたことがないわ。

 何がきっかけの喧嘩だったか。私が村を飛び出したのはそのとき一度きり。尤も十月も末になると早くも冬の雲が空を覆い、凍死の覚悟なしには不案内な村外れの森へ出て行けることなどなくなってしまったが。

 私たちはどこへも出掛けなかった。都会人が車にテントを積んで週末の郊外に探しに行く全てのものがこの村にはあったから。雪解け水で川が潤えばザリガニを釣りに行く。野菜の種を植えれば発芽を待って野兎と分け合う。羊が丸く太れば今年は何色の毛糸を使おうかと考え、森が赤く染まればお菓子作りが忙しくなる。白衣を着て往診に出掛けた夫が、帰りには藁で結わえた鱒を背負い鼻歌まじりで自転車を漕いで来る。そして祭事が大好きな村人は春分、夏至節、収穫祭に降誕祭と、踊りとお酒を待ち望んで過ごした。日ごろ穏やかに本を読み暮らす夫が、特別の日には人格が入れ変わったとしか思えないほどジャガ芋酒のジョッキを何杯も空にして男たちと大声で歌った。

 私は救急車のサイレンを忘れた。病院での超過勤務を終えて帰り着いたアパートの寝室の中でも、ずっと聞こえ続けていた心電モニターの警報音はもう私を悩ませなかった。私には一日じゅう前掛けを外さずにいることが幸せと思えた。

 だが夫は何を考えていたのだろう。国立病院から再三の呼び戻しの手紙が届いていたことを私は知っている。中央の医学界から忘れ去られることを夫は怖れなかったのだろうか。夫のもとへ頻繁に届いていた大判の封筒に入った郵便物。それらはたぶん医師組合の報告書や政府医療省の広報、大学の同窓会新聞。たぶん。全部を確認したわけではない。庭先の菜園で昼下がりに郵便配達夫から手紙の束を手渡されると、大抵は差出人をろくに見もせずに診療室の夫のところへ運んだ。歩きながら探すのは私宛の小さな封筒。一文字一文字メモを見ながら丁寧に書き写したらしい、たどたどしいアルファベットの住所。懐かしい寺院や仏像や、時には初めて見る記念切手が貼られた故郷の母からの手紙。

 前略 田植えが終りました。毎日かっこうの声で早起きができます。お便り有難とう‥‥。梅雨明けの声を聞いたとたんにうだるような暑さです。汗かきのお父さんはいつでも首に手ぬぐいを巻いて‥‥。小学校の前の銀杏並木も色あざやかに紅葉してまいりました。朝夕めっきり冬の気配が感じられるこの頃です。お風邪はひいていませんか‥‥。歳の瀬を迎えなにかと気ぜわしく‥‥。

 母の手紙の締めくくりはいつも同じ。ご主人様を信頼して、いつでも感謝の心を忘れずに。どうぞお身体をお大事に。

 信頼とは多くを尋ねないこと。夫の淡い鳶色の瞳が苦悩に霞んでさえいなければ、日々平穏と感謝すること。それが遠い異国へ嫁いでも変わらない大和おんなの振る舞いと私は信じていたらしい。だが、夫は本当に村人の健康を預かるだけで満足していたのだろうか。夫の平静は、いつの日か行動を起こすためのカムフラージュだった‥‥まさか、考えられない。ご主人はずっと以前から我々と通じていたのですよ。以前とはいつのこと。私が嫁いで来たあと、それよりも前、もしや研修生として日本へ来たことも何か関係があるの。そこで私のような日本の女の子を見つけて故郷へ連れ帰ることも最初から‥‥。あり得ない、絶対に―― 。

 絶対、などと果たして言い切れるだろうか。

 夫が真夜中に目を通していたたくさんの手紙や書類、そこに何が書いてあったか。ひと気の無い診療室の電話で夫が誰と会話し、どんな情報をやり取りしていたか。私は何ひとつ確かめてみたことは無い。無いけれども、夫はあんなにも誠実に年寄りでも子供でも、夜明けでも寝入る間際でも何時でも鐘が鳴らされれば診療室に駆けつけ、自分を頼って来る患者たちに優しい言葉を掛けていたではないか。

 明かりが、傷ついた私をまた照らす。

 また兵士が来た。今度は手に赤いナイロンバッグを持って。兵士は私の腕の中に入り込んだ輸液のチューブに袋の先をつなぐ。それは誰の血。是が非でも私を生かそうとするのね。そんなに私の何が必要?私の命を引き留めて、私を目覚めさせたら何を見せてくれるつもりなの。

 それはいったい誰の血。何を考えている人間の血漿を私に飲ませるの。兵士は言った。あなたには想像出来ますか。この村と全く同じ現象が世界中のあちこちの場所で進行しているんです。あの日本人兵士が幻影でないとしたら、日本という国はもう私が知っている日本ではない。この国も、この村ももう今までの村ではない。それならもう私に血は要らない。村が今までの村ではなく、夫が私の知っている夫でないなら、おなかの中のあなたに見せるべき世界はもう何処にも無い。でも私にはわからない、何が起きたのか。何が事実なのか。だから私はこんなにも帰りたがっている、あそこに横たわる私の中に。もう一度、私が肉體の中に舞い戻り、目覚めて再びこの目で世界を見るまでは、何もわからない。

 空を震わす音がする。

 大地が割れる音がする。世界中の砲撃の音が聞こえる。

 村が、家畜が、森の鹿たちが焼き尽くされていく。大樹の幹ははじけ、炎の中で屋敷が崩れ落ちる。鳥たちが燃えあがる翼で羽ばたく。

 燃え尽きた骨が空をきざむ。

 

 

 私はなおも夫について考える。

 この国で彼は最も優れた技量を持つと崇められた外科医だった。だが夫はどこかで先進医療を認めていなかったのかもしれない。もし夫がこの世界革命なのか反乱なのか、自らその活動に加担する動機があったとすれば、目的は反テクノロジーを求めてのことなのか。私のおぼろげな推論はそこまでが限界。

 私も、赤ちゃんもこのままでは死ぬだろう。もう半分死んでいるのかもしれないが。今すぐに大都市の生命維持装置と手術の設備が整った病院へ移送されなければ確実にだめになる。人間はなんと身勝手なもの。私は村で二年も生きてきた。自分に与えられた場所で手に入らないものなら諦めてしまうべきなのに。救命設備さえあれば生き延びられるかもしれないと望むなんて‥‥。でも、今まで村は一度として砲撃など受けたことはない。村人は数えるほどの病気しか知らず、交通事故さえ見たことも無い。

 私が日本でいつも目にしてきたもの。それは自動プレス機に体を砕かれた人間、高速道でトラックに押し潰された人間、高層住宅の屋上から飛び降りて破裂した人間。外国の研修生らは救命センターに次々に運び込まれる症例の異常さに愕然としていた。私の夫となる医師は蘇生措置に走りまわる私たちの姿を救世主と見ただろうか。いつか彼と話したことがあった。テクノロジーをひとつ手放せば、病院のベッドは確実にひとつ、いやそれ以上減らすことが出来る。救急医療とは暴走する技術の後始末をするところ。

 だからといって、夫がこの世界の何かを拒み、何かを希ったとしてもあの人が銃を持つことなどあり得ない。技術は人を過信させ、手に余る欲望を生む。欲望は攻撃を呼び起こし、争いは予想もしない損傷を罪の無い身体に残すだけ。あの人が銃器を力に動く人間たちのために働くことなど、決して。なぜならあの人は医師なのだから。医師として村の人々の魂の終焉のときを牧師の傍らで見送ってきたのだから。

 幽かにオラトリオが流れる。

 薪の弾ける音がする。

 暖炉の中で丸太が勢いよく燃えている。

 夫が火掻き棒で炎の回った樹皮に触れると流星のように火の粉が舞い踊る。一晩中大きな火を燃やし続けよう。この日のために選んでおいた香りのよい丸太が、着飾った樅のわきに山と積まれて出番を待っている。鮮やかな緑色した樅の葉には、さきほど本物の雪を窓から掬って撒き散らした。炎に照らされて雪は融け、雫となって葉先から床にぽつりぽつりと落ちる。床に出来た小さな水溜まりもひと夜のうちには気体となって私たちの胸に吸い込まれる。

 聖なる夜。私たちは麦藁の寝所に抱かれている。二千年もの昔、馬屋の干し草の懐で誕生した彼の人の為にライ麦の藁を床に敷き、身を包み隠す衣装はことごとく脱ぎ去りありのままの姿で眠るのだと、夫は私に教えた。私にはまだ彼の人の教えはわからない。けれども私は信ずる人に従い、夫の差し出す神聖な盃を飲み干した。この日の為にあつらえた美酒は神と言葉を交わすための捧げ物。救世主の血と云われる赤葡萄酒を作るにはこの地は北にあり過ぎたため、昔からここでは馬鈴薯の発泡酒を醸ってきた。

 燃えさかる炎が素肌を痛いほどに照らす。私には慣れない強い酒が体内に満ちて指先まで熱くする。外は雪が降り積もり、私たちの前では輝く火の精が乱舞する。

 炎の前でいっさいを脱ぎ捨てて無垢な熱情だけになっていく女。崩れる寸前の薪にも似た裸身を抱き止めながら、永遠に相手を欺き通すだけの覚悟の嘘さえも、あわせてその胸に抱くことの出来る男がもし存在するなら、それが私の夫であるなら、私は火の粉となって空に舞い、3幻の馬車に乗ろう。馭者が手にした大鎌でいますぐに私の喉を掻き切って貰おう。

 歩み寄る靴音がする。誰かが私を迎えに来ている。さっきまで蝋燭の弱い光輪の中に横たわっていた私の身体がもう見えない。いま私に見えているのは青い靄の中で目覚めていく村。

私は一度でも此の地を憎んだことがあったろうか。

 いいえ。

あの人に従いて此の地に降り立ったことを後悔などしていない。

決して。

 天上の馬車が空を翔る音が聞こえる。

 蹄が打ち鳴らす律動がすぐ間近に聞こえる。

 

 

 

 風を巻き上げ、草を薙ぎ倒して空軍のヘリコプターが降下して来た。地上にいた羊や兎や牧草の陰の昆虫たちもが一斉に四方へ駆けて散らばった。装備をした兵士たちに混じってひとりの医師が乗っている。

 扉が開く。兵士が先に飛び降りる。その次に医師が。

 白みはじめる丘陵で到着を待ち侘びていた兵士が医師のところへ駆け寄ってくる。兵士の頬には救出時に負った裂傷が手当もされないまま乾いている。

「両手足に三度の火傷。頭部にも二度の。自発呼吸あり、右上腕及び鎖骨骨折。妊婦です‥」

兵士と並んで走りながら医師は風音にかき消されないように叫ぶ。

「現在の意識レベルは」

「レベルVの2から1。まだ見込みがあります」

 

 

 

(1999年 『屋上』72号)

平成12年  第16回信州文学賞 受賞作


 

アンドレイ・タルコフスキー(1932〜1986)ロシアの映画監督。作品には「僕の村は戦場だった」(1962)「惑星ソラリス」(1972)「ノスタルジア」(1983)「サクリファイス」(1986)などがある。

ペール・ギュント ノルウェーの劇作家イプセンの戯曲を、作曲家グリーグが組曲にした。戯曲はノルウェー民話の伝説的人物ペールが世界を旅し、波乱の生涯をおくったあと、初めの恋人のもとへ帰り着くまでを描いたもの。

 

幻の馬車 スウェーデンの女性作家セルマ・ラーゲルレーフ(1858〜1940)に同名の小説がある。(原題は「死者の馭者」)この作品は死に瀕した若い女性救世軍兵士と、彼女がかつて助けた浮浪者の男が、死の直前に見る幻と死の世界とを交錯させて描いた作品。

 


2007/06/13 UP     

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