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 作品,52


 

鬼気迫る怪作。遺作であることを思うと、作者には何が見えていたのだろうか。そんなことを頭に浮かべながら、息を詰めるようにして読んだ。方言も独特のリズムを醸し出していて、異界へ引きずり込まれた。


           推薦・ひわきゆりこKOKO・胡壷 
 



 



    黄泉語り

                  藤野秀樹

                       季刊遠近」43号より転載
縦書きPDF版 「黄泉語り

 よう来んさった、旅の人じゃろ。
 どこから、来らりょうたか。
 お参りか、それとも、ホトケ降ろしか。
 梵妻たら者では、ありゃあせん。
 昔から、この寺におる者じゃ。
 まあ、こげな婆になりもうした。
 そこらにおる猫は、気にせんといて、つかあさい。
 この寺、猫がぎょうさんおりましての。
 こんにら、指が六本ありましょう。
 長いこと、身内ば番うて参ったで、血が濃いのです。

 そう言われて、辺りを見まわしても、猫などいない。
 気色の悪い婆だ。
 妙な話が聞きたいなら、藤ヶ谷へ行けと言われた。
 荒れ寺に、化け物みたいな婆が、棲みついているのだと。
 宿の女将に、誑かされたか。
 焼け落ちた本堂の跡には、瓦礫が、堆く積み上げられていた。
 干上がった池の傍、朽ちた藤棚から、枯れた花房が垂れ下がっている。
 焼け残った庫裡の薄暗い土間、火のない囲炉裏端に、その婆はいた。
 根太の弛んだ古畳に腰下ろし、夜鷹でもあるまいに、吹流しに被った手拭いの端、銜えている。
 婆の前には、明かりの消えた回り灯籠、横顔が薄闇に溶け込む。
 土間の隅に積み上げられた、何体もの黒焦げの仏像。
 焼け爛れ、手足の千切れた姿は、人の死骸を思わせる。
 辺りに、湿った香木の匂い、漂っていた。
 この婆、ご面相は知れないが、長年、経でも上げたか、物売りのような嗄れ声だ。
 よく見れば、年甲斐もなく、縮緬の振り袖を着ている。
 薄闇の中、垢で汚れた袖口からのぞく手が、仄白く揺れていた。
 ちょうど、膝の上の猫を、撫でる仕草だ。

 ここいら、藤ヶ谷いいましての。
 きれいな藤の花、咲きょうります。
 里の人ら、藤の花、目印に、山道伝おて、この寺まで来んさる。
 池の傍の祠、弁天堂ちゅうたかの。
 白茶けた蛇の細工物が、御本尊じゃ。
 水面に映る藤の房、風に揺らいで凛と鳴りょうる。
 この季節、花の音、姦しゅうての。
 何でじゃろう、わしの耳には、よう聞こえる。
 他の人には、聞こえんのか。
 家の者、おかしゅうなりましょう。
 昔は、土蔵に閉じこめたものです。
 わしも長いこと土蔵におりましての。
 土蔵の窓、高いとこにありましょう。
 狭い窓から、日が射します。
 外はよう見えんのです。
 人の気配すると、大声あげたり、すすり泣いたり、甘えた声、掛けたりしましての。
 気を引こうとしたものです。
 じゃけえ、あんまり騒々しゅうしますとな、罰じゃ言うて、土蔵の窓、閉めようります。
 何より、暗い中、一人でおるのが怖い。
 何でか知らん、この寺に預けられましての。
 思いだせんくらい昔から、ここにおるんです。
 この寺、都追われた落人が、願掛け建てた寺での。
 名前は成就院いいます。
 願い叶わず、ご利益もなし。
 けたくそ悪い寺でなあ。
 院主さんにしてから、勝手に住み着いた山伏じゃと聞きました。
 お布施も集まらんと、困り果てた坊主の浅知恵。
 蔵の奥から、虫喰いだらけの曼陀羅引き出し、薄暗い本堂ん中、百匁蝋燭とぼしましての。
 散杖で曼陀羅指し示し、語り聞かせる絵解き説法。
 埒もない因果ばなしで、子どもら怖がらせとりました。
 まずは、かんじいざあいぼさあ、まあかあさあ。
 ありがたや、ごりやく、さんじゅうと、みとおり、ありもうす。
 おん、あろりきゃ、そわか。
 これなる、まんだら、てんじくより、つたわりし、みるもの、さんじゅうと、みとおり、おのれが、じゅくをあらわす。
 ぐぜい、じんにょかい。
 りゃっこう、ふしぎ。
 これに示すは、ろくどう、さんまくしゅのことわり。
 じゃによって、まんだらの中、あんたら、なにが、みえんさるかの。

 昔は、寺も神社もいっしょくたでのう。
 院主さんと神主さん、二人おられた。
 たいがい、わしには人の顔、よう見分けつかん。
 寺の坊さん、おおぜいおられたが、院主さんだけ、紫の着物きとった。
 神主さんも、烏帽子かぶとったけえ、わかりもうした。
 じゃけど、院主さんと神主さん、同じ人だったような気いしとります。
 その頃、わしも赤い袴に白衣着て、巫女のお勤めしようりました。
 ませた口きく、カミ懸かりするか。
 ホトケ降ろしの、姫子にしちゃろか、言われましての。
 白いもの、着る身となりもうした。
 この寺、はっぴゃくらかん、言うんかのう。
 石の仏さん、ぎょうさん、あります。
 仏さんの首、そこらに、ごろごろ落ちとりましょう。
 昔、排仏騒動ありましての。
 里の衆、おおぜい来よりました。
 こんにら、何しょうなら思うたら、鉄の槌で仏さんの首、叩き落としょうた。
 坊さん、みな逃げてしもうておらん。
 あげくに、本堂の仏さん積み上げ、燃やしょうた。
 そがあな事したら罰あたる。
 わかりきったことじゃが。
 大風吹いた晩、里で火い出ましての。
 里の人、ようけい死にょうりました。
 ええ気味じゃ。

 この寺、観音行場呼ばれとりましての。
 裏山の崖くり貫いた岩窟に籠もり、数珠もみながら拝みょうた。
 ご本地は、千手観音じゃけえ。
 千の眼もて、見出したる。
 千の手もて、救いたる。
 おん、ばざら、たらま、きりーく。
 この岩窟と申すが、古の墓じゃ。
 蜂巣の如く穴多ければ、藤ヶ谷の百穴、呼ばれとります。
 どぶ臭い獣、血の匂い、漂うとろう。
 死んだ者、岩窟に引き寄せられるんじゃ。
 ここから、あの世に昇りょうります。
 幾重にも折り重なりし死者の臥所、御霊の溜まり、一夜過ごさば、ホトケの夢見る。
 憑坐なして、堕ちそこないのホトケに口貸すが、わしの生業じゃ。
 わしの頭ん中、おおぜい人がおりましての。
 話し声、よう聞こえもうす。
 そんにらの声、口移しに伝えるだけじゃが。
 岩窟の底さらえば、割れた土器、砕けた骨、出ようります。
 喉仏の骨、拾いますじゃろ。
 嘘をつくほど、骨が綺麗じゃ言います。
 亡者の骨節、三百と六十四節なり。
 亡者の骨肉、骨節に、大威力の風吹かば、その身、微塵に切り裂かれん。
 集めた喉仏、狼の牙、数珠にぶらさげ、首から吊し、ご祈祷しょうりました。
 形の良い髑髏みつけては、金箔貼りつけ、杯つくり、毒虫漬けこんだ酒あおる。
 仏さん、干涸らびた饅頭、供えてありましょう。
 あれ、喰うたらいけん。
 あの世のもの、喰うたら、しまいじゃ。
 あの世の人になりょうる。
 わし、何ちゅう名じゃったか。
 ここの水、飲みょうたら、名前も忘れてしもうた。
 自分のこと、憶えとらんくせに、ホトケの事、よう思い出す。
 いちど憑いたホトケ、呼びもせんのに、何遍も来ようります。
 憑いた死霊、後で祓うて、人形に封じますがの。
 長いこと、ホトケ降ろし、やっとりましょう。
 躰ん中、穢れ落ちんで、澱が溜まるんじゃ。
 ここの池、祓いの人形、ぎょうさん捨てようたけえ、念が凝っとろう。

 盆になると、男衆、死んだ女房のホトケ降ろしじゃ言うて、来ようります。
 口寄せ、終わったあと、言うたるんじゃ。
 いちど降りたホトケ、一晩、わしの中に滞まる。
 通夜送りして、あんじょう供養しんさい、ちゅうての。
 通夜送りいうのが、わしらの、まことの商売じゃけえ。
 日も暮れて、忍んできた男相手、岩窟の臥所でいたすのじゃ。
 わしに憑いた、どこぞの死霊が、ごろごろ喉を鳴らしよる。
 あんたが、恋しいちゅうて、泣いたるんじゃ。
 ええ金、取れるでえ。
 女房の命日、どおでもええんじゃ。
 わし目当てに、ヘタれ魔羅の爺まで、ようけい来ようた。
  わしゃあのう、この寺の猫みとおに媾合とりました。
 里の男の魔羅、全部知っとりますで。
 畜生道に堕ちょうて子を成し、土蔵に閉じこめらりょうた。
 その子、どしたか知らん。
 父親の顔も思い出せん。
 門前の四辻にゃ、流れた赤子が埋まっとります。
 喰うにも困る、こがあな寺で、あんた、ええとこ、来んさった。
 ホトケ、降ろして欲しいか。
 願い主、望むホトケ降りるたあ、限りませんで。
 死霊ら、身勝手なもんよの。
 生きとる時のこと、何も憶えとりゃあせん。
 死んで、迷うて、獣になっとる。
 腹へらして、飢えたみとうに、貪るだけじゃ。
 人の心、剥ぎとられ、餓鬼ちゅうもんになっとる。
 まだ、畜生の方がましよの。
 死人ら、生きとる者の御霊、狙おとる。
 生き肝、喰いちぎって、逃げるつもりよ。
 泥棒猫みとうな、奴らじゃ。
 この寺、猫がぎょうさん居りましょう。
 ほんま言うたら、この寺の猫、迷うた死霊じゃが。
 六本指なんは、そのせいか。
 死口、寄せるときゃあ、何が憑くかわからん。
 お前さまは、死人降ろすか、カミを降ろすか。
 ホトケ降ろしは、やめときんさい。
 恐ろしげな、ことになる。
 なんでか、言うて、聞かせちゃろ。

 しばらく、前のことじゃ。
 通りすがりの旅の衆、来ようりました。
 里で、聞いて来たんじゃろ。
 宿の女将と院主さん、連んどっての。
 旅の衆よこしたら、女将に銭渡しとった。
 ちょうど、五月の頃じゃ。
 昼時に、えらい大雨、降りょうてな。
 雨上がったら、夏みとおに、日が照っての。
 えろう、暑うなりもうした。
 お山、藤の花、盛りでの。
 谷底から、熱が昇って、蒸せかえるようじゃ。
 そん時、陽炎立ちょうた。
 陽炎ちゅうたら、不思議なもんよの。
 揺れる景色、見とったら、中から女が出て来た。
 黄八丈に鳥追い笠、三味線抱えとる。
 その女、この世のものでない。
 どこぞの死人が、迷うたか。
 ホトケ見たくば、こがあにして、目え窄めるんじゃが。
 陽炎、ひと揺れする間に、女の姿、消えとった。
 女の消えた辺り、こんどは、三味線背負うた男、現れようた。
 ホトケ降ろすまでもない。
 死霊連れて来ようた。

 その男、弦蔵ちゅうての。
 三味線抱えて世間を渡る、門付けじゃが。
 目え見えんのか、キクたらいう小女衆に、手え引かれとった。
 この児、左の瞼、縫い合わされ、頬に引きつれ走っとる。
 何の因果か、眼玉の腐る病でも患ろうたか。
 キクの心、覗こうとしたが、暗い澱み、何も見えん。
 何かに憑かれとるんか。
 チヨいう女を、供養してつかあさい、弦蔵が言いようた。
 長いこと、一緒に旅回りしとった女でのう。
 風呂敷解いて、繻子に包んだ白木の位牌、取り出した。
 チヨの供養じゃいうて、本堂の須弥壇、位牌置きましての。
 院主さん、お経上げようりました。
 坊さん、経上げて、極楽行きょうたら、何も苦労がない。
 わしらの降ろすホトケ、あの世に行けず、そこいらに迷うとる。
 供養終えた帰りがけ、弦蔵が言いようた。
 宿で聞いて来たんじゃが、ホトケ降ろし、願いたい。
 死霊ちゅうのは、禍いなすことある、ええんかの。
 ええけえ、降ろして、つかあさい。
 キクに手え引かせ、裏山に弦蔵、連れてった。
 注連縄張った穴くぐり、岩窟の中、湿った筵に腰下ろす。
 わしの傍、弦蔵座らせ、キクが後ろに控えとった。
 誰を、降ろすんじゃ。
 三味線抱えた、鳥追い笠の女じゃろう。
 一緒に旅しとった女か。
 あんたら連れとったホトケが、チヨやないんか。
 いんや、チヨは、もう成仏しとりましょう。
 去年の春、彼岸の旅回りで、ヤエいう女に会うた。
 女衒に連れられ、廓に売られるところじゃ。
 一緒に逃げると約束した。
 人買い殺して、連れて逃げるつもりじゃった。
 葛の橋があっての、下に落としゃあ、誰も、よう生きとらん。
 そこで、待ちょうたが、女は来なんだ。
 その女、降ろして、つかあさい。
 そんにら、死んだんかの。
 わからん、どないしたか、知らんのです。
 蝋燭一本灯して、燃え尽きるまでのお勤めじゃ。
 鉦を鳴らして、数珠繰りながら、ご真言唱えた。
 蝋燭の煤、よう目に沁みる。
 躰中、燃えるように熱うなる。
 苦しゅうて、息もできん。
 俯いた拍子に、死霊、憑きょうた。
 わしの背中に、重いもの、被さる。
 そいつが、背中、喰い破りょうる。
 皮膚の下、ずるりと潜り込み、背中から胸、胸から腹、這いまわる。
 ふいに、ホトケの名前、わかった。
 女郎あがりの、ヤエちゅう女じゃ。
 白粉の匂い染みついた、郭者じゃ。
 このホトケ、何ぞ、たくらんどる。
 迷うた女のするこっちゃ。
 弦蔵の御霊、喰らう気じゃろ。
 胸から喉首伝わり、わしの口からヤエの声、飛び出しょうた。

 弦蔵さあ。
 あんたあ、どこにおるんね。
 うちら、あんたの後ついて、行きょうたんよ。
 甚八たら人買い、足悪うて、ろくに歩けもせんが、うるさいこと言いよる。
 うち、九つの時、廓へ売られたんよ。
 廓づとめは、慣れとる。
 しばらく、妾暮らしをしよったが、旦那に死なれて、廓に戻るところよ。
 じゃがねえ、甚八に連れられて行くうち、気が変わった。
 うちも年よね。
 廓づとめ、ようつづけん。
 あんたの言うとった、吊り橋まで来たら、なしてか知らん、魔が差したんよ。
 甚八の頭、石で叩き割ったった。
 あんたが、そばに居りゃあ、逃げる気にもなったがね。
 もう何もいらん。
 逃げるのも、大儀なった。
 それで、橋から飛び降りたんよね。

 荒れ寺の庫裡、仄暗い炉端で、婆が囁く。
 煤けた手拭い、端を銜えて吹流しに被り、気色の悪い声色づかい。
 色褪せた縮緬の振り袖、垢染みた袖口から覗く白い手ゆらして、差し招く。
 声かけられて、目を剥いた。
 白粉の匂い、辺りに漂い、いつの間にやら婆の姿、艶気のある遊女に変わっている。
 これが、ヤエという女か。
 婆の中の死霊が誘う。
 哀れな声出して、俺を誘う。
 滅相もねえ。
 この俺までも、誑かされたか。

 ホトケの邪気に惑わされ、わしのこと、よほど、ええ女に見えるんじゃろ。
 弦蔵、わしに抱きつきょうた。
 わしの衿もと、押し開き、首筋に吸いつく。
 弦蔵の舌、わしの喉、ねぶりまわしょうる。
 わしも、男の躰、しがみつく。
 男のもの掴み、わしの中、入れたった。
 わしの中で、男のもの、どくどく波打ちょうる。
 血を吸うた蛭みとうに、膨れ上がっとる。
 男くわえて、嬉しいんじゃろ。
 ヤエたら女、盛りついて、暴れよる。
 男の腰、脚で挟んで締めつけたった。
 締め上げて、男の精、吸い出すんよの。
 腐った桃の匂いを嗅いだ。
 実をもぐ者も、おらんで、腐って落ちた桃の実じゃ。
 甘い汁吸うて、糞虫、狂うたように暴れよる。
 男の舌、根元までくわえて、吸うたった。
 喉の奥、わしの舌と、絡みあう。
 男の膨れ上がった舌、わしの喉、塞ぎょうた。
 男も苦しゅうて、喘いどる。
 もう、よう逃げんじゃろ。
 わしを振り解こうと、男が暴れよる。
 男に絡みついたまま、男の舌、噛み切った。
 吹き出した血が、わしの口から溢れ出る。
 血を吸うて、筵が赤く染まっていく。
 飢えた死霊が、わしの中で騒ぎょうる。

 そん時、手引きの小女衆、すくっと立ちょうた。
 覆い被さった男の躰越しに、キクの顔が見える。
 今まで、どこにおったんじゃろ。
 岩窟の闇に、隠れとったか。
 キクが、燭台つかんで、振り上げた。
 湿った筵の上、落ちた蝋燭、火が消える。
 暗闇の中、燭台振り下ろす風音と、骨の砕ける音が聞こえた。
 男の砕けた頭蓋から、溢れた脳みそ、わしの顔に飛び散る。
 胸の奥から、喉を伝うて、熱いもの、迫り上がってきようた。
 喉から、鼻孔を伝うて、目玉の裏側まで、熱いかたまり、膨れ上がる。
 わしの躰から、ヤエが、抜け出そうとしよる。
 抜け出して、男に喰いつくつもりじゃろ。
 男の躰、びくびく痙攣しょうた。
 キクが、わしの顔、覗き込む。
 ゆっくりと、燭台持ち上げ、仰向けに寝とるわしの額、かち割りょうた。
 割れた額から、吹き出した血が、男の血と混じり合う。
 たちまち、大きな血溜まり、広がっていく。
 死んだ男に抱きしめられ、血溜まりの中、浸かっとった。
 見開いた男の目、何も見えとらん。
 血の滴る、燭台を持ったキク、喘ぎながら、突っ立っとった。
 そのうち、ぱたりと、倒れようた。
 そこまで見届けたところで、わしも死にょうりました。
 わしが、この世の見納めは、弦蔵の灰色の瞳じゃった。

 キクが、わしらの頭、砕いた力、尋常やない。
 死人が憑いて、操ったんじゃろ。
 あのチヨたらいうホトケ、キクに憑いて、弦蔵と旅しとったんかの。
 あの男の御霊、チヨが銜えて去んだか。
 この岩窟、あの世に通じとる。
 中を吹きょうる風、黄泉風言いよります。
 あんにら、黄泉風吹きょうて、あの世へ、飛ばされたんじゃろ。
 いまごろ、六道四聖のどのへんに、おるんかの。
 わしと、弦蔵の死骸、血溜まりの中、転がっとる。
 蜂の巣みとうな穴の中、骨になりょうても、抱き合うとるんか。
 風の強い日、どこぞ奥の方で、わしらの骨、カタカタ鳴りょうります。
 行き場無うなって、わし、キクに憑いたんじゃ。
 憑いてみて、気づいた。
 この児、わしによう似とる。
 大方、土蔵の中、閉じ込められとったくちじゃろ。
 頭ん中、からっぽで、わしの気が、すっぽり嵌まりょうた。
 あの、ヤエたら女、何処へ行きょうたか。
 岩窟の奥にでも、隠れとるんか。
 死霊には、災いなすもの、おりましての。
 じゃけえ、言うたがの、ホトケ降ろしは、やめたがええ。

 語り終えた婆、袂から燐寸、取り出す。
 湿気った青火で、灯火とぼした。
 回り灯籠、影絵となって、赤い灯、青い灯、辺りに映る。
 奇異なこっちゃのう。
 また、こないな小女衆から、やりなおすんか。
 旦那はん、わしのこと、買うてくれんか。
 躰は小まいが、あの方は、よう心得とるけえ。
 紅蓮に燃える灯籠の灯、白い首筋を照らす。
 くわえた手拭い、はらりと捲れ、頬に引きつれのある子供、にたりと笑った。

                            (了)
           (大野注……二〇一〇年一〇月二六日、二二時二九分に脱稿)

                             

                      「季刊遠近」43号より転載

 

 

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