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 作品,50

構想」51号より転載

 

 遊戯の無い小説は欺瞞だ。遊戯ばかりの小説は倦怠だ。小説「手手手」を読んだ読者は幸せだ。幼児の無邪気さと、仙人の知恵の両方を味わう事が出来るからだ。過激な言葉遊びは両手に携える剣だ。作者は新しい文学の領域を切り開いている。この問題作は一種の教養小説にもなっていて、読者はクイズを遊ぶように、四文字熟語の不思議な迷宮に迷い込むだろう。はたして抜け出られるか。


                                               推薦・畠山 拓(構想

 


 
                         縦書きPDF版手手手
 

 

   手手手               陽羅 義光
      
                    
   藤田愛子さんに贈る          
*この作品の最初の習作を発表したときクイズを出しました。作中に四字熟語とそれをもじった語彙が幾つ入っているかというものです。
藤田さんは見事に適中されました。クイズの適中者には高級な品を贈ると約束をしました。よってこの作品を藤田さんに贈ります。(作者)

    【わたしの手をきって下さい。
     わたしの腕をきって下さい。
     わたしの足をきって下さい。
     さうするとき、
     銀色の瞳はあったかに、
     ゆるやかになりだします。
     さうざうしい血の海から、
     ほそくすんなりとのびあがって咲く悪の華は、
     美しさかぎりなく、
     神のベエゼのなかにその花粉をちらします。】
                (大手拓次『愛恋する悪の華』)

 

 むかしおとこありけり。
 右手は違和感があるのに気付いた。
 コーヒーカップの取っ手を握れない。無理すると落としそうになる。そこで左手に助けてもらう。両掌でカップを包んで口に持っていく。それでも心配だから口から先に出ていってもらう。天網恢々コーヒー漏らさず。まるで幼児の飲み方。なんか変。おっとこれは麻里の口癖だ。
 喫茶店が空いていたので助かった。回帰する老人。怪奇な蝋人。金をもらわなければ見せられない。右手は右手を伸ばしたり縮めたりしてみる。掌を結んだり開いたりしてみる。少しは血が通ってきた気がする。脳の方の異常ではなさそうだ。あくまでも右手だけの問題。そういうことにする。いつからなのさ。これは死んだおふくろの口癖だった。
 昨日何時間もパソコンのマウスを弄っていたせいか。一昨日何時間もパチンコのハンドルを握っていたせいか。切々の功。
 いいや。さっきここで居眠りしていたときに身体と椅子の間に挟まったのだろう。きっとそうだ。それで一時的に血のめぐりが悪くなったのだ。棒になった右腕。まさにでくのぼう。
 黄昏時という時間帯も良くないはずだ。歳のせいもある。まだ六十四だけれど。いま痺れているのは血流が正常になりつつあるためだ。そう思いたい。これは太宰治の口癖かも。
 小学三年の夏。右手の甲に妙な違和感あり。触れて見ると丸く盛りあがっている。マルマルモリモリ。これは芦田愛菜の歌。
 やだやだみんな借り物。自分の言葉が出てこない。やっと気づいたか人生借り物。心中の悪鬼の声。それに促されたのか。日増しに時間増しに盛りあがってとんがり鬼の角に似てきた。鬼の角乱。
「これは悪魔が来たりて笛を吹いているんじゃ」
 母が騒いで祈祷師を呼んだ。奇妙奇天烈な祈祷師。甲に蝋燭を垂らしたり涎を垂らしたりする。そのうち小便を垂らしそうなので山まで逃げた。正確には会津磐梯山。
 石清水に浸すと鬼の角の増殖が止まった。石より硬い角。これは悪くないと考えた。ボクサーになったらチャンピオンになれる。
 小学生の時は実際そう云い触らして自慢した。触らせてとせがまれるとメンコ一枚で触らせてあげた。
 中学生になるとズボンのポケットにいつも右手を突っ込んだ。石原裕次郎の真似をするなと教師に殴られた。そのパンチの威力に圧倒されてボクサーになるのは断念した。
 高校生のときテニスの選手になった。インター杯の決勝でボールボーイのよこしたボールが甲に当たった。七転罵倒し試合は棄権した。
 大学生になったら夏でも手袋をしていた。友人が気味悪がるからである。しかし女ができると手袋をしてセックスするわけにもいかない。
 女に逃げられ仕方なく病院に行くことにした。手術しても治らないと云われたが手術したらきれいに治った。縫った傷跡も目立たない。さすがに名医と褒めそやした。
 結局あれが治っていなかったのだろう。皮膚の下で悪魔が眠っていただけなのだろう。悪い奴ほどよく眠る。
 麻里がやってきた。本人は薄化粧と云っているが厚化粧。ハーフだから目鼻立ちが濃いのに。相変わらず派手な恰好だ。おっぱいが飛び出しそうな小さすぎるキャミソール。しかもノーブラ。おしりがはみ出しそうな短かすぎる短パン。少なくともTバックはのぞいている。誰がためのこのスタイルぞ。真夏のヴィーナスでもないのに。真春のヴァギナではあるかもしれない。淫想多々。陰毛多々。この売女め。いつか殺してやる。
 よせばいいのに自然と右手は合図を送る。狭い喫茶店だから見渡しただけで解るのに。麻里は青い眼で視た。
 右手は麻里の腰に行く。その手つきはただのすけべオヤジ。そんなことしなくとも子供じゃないから座れるのに。すぐさま右手はウエイトレスを呼ぶ。呼ばなくても来るのに。早く注文して早く飲ませて早く喫茶店を出て早くHしたい。まるでそう云っている風に。
 風ではない。右手は一刻でも早く麻里の髪と肌に触れたいのだ。麻里の乳首とクリトリスを愛撫したいのだ。できれば今夜も麻里のプッシーに指を入れたいのだ。麻里が厭がらなければ。
 むろんいままで厭がったことはない。何をされても厭がったことはないのだ。それが物足りない。右手は相手が厭がるのを敢えてすることが好みなのだから。
 とつぜん右手はトイレのドアのノブめがけて突き進む。身体が興奮しておしっこがしたくなったのだ。右手はズボンからペニスをまさぐり出す。なぜかノブを握っている感触と変わらない。それほど太いわけではない。まだ右手は調子がわるいのだった。なかなかおしっこが出ない。そのとおり。うんこのほうだった。うんこ知新。
 うんこを終えて戻ると麻里の手を握って立たせた。洗っていない右手で。麻里がはしゃいで立ち上がる。アップルティーはまだひとくちしか飲んではいなかった。
「あなたのその右手が好き」と麻里が云ったことがある。つい最近だ。なぜならつきあいだしてまだ一ヶ月だから。
「魔法の棒ちゃん」なんて呼んだりした。きもちわるい。もう二十四なのに十四のせりふをはく。
 そんなことはどうでもいい。右手は痙攣する。まだ具合が悪いのか。それとも焦れったいだけなのか。常用のラブホテルは喫茶店の向かいなのに。
 料金を支払うときも右手は麻里の左手を握ったまま。手を離すと痙攣が烈しくなる予感がする。むろん比翼連理の心情ではない。
 前のめりに喫茶店を出てそのままラブホテルに潜り込む。
 受付で財布を出した途端に右手は激痛に悶えた。麻里の左手を離したのがいけなかったのか。半端な痛みではない。肉と骨が本来の部位を逆転させようと藻掻いている。決して破れない皮膚が抑えているものだから激痛はどこにも逃げない。
 これでは愛撫も糞もない。切歯扼腕した。顔面からは脂汗。
 いやはや性天の霹靂。神や仏に見離された気分だ。神仏乱交。
 異変を感じた麻里が囁く。
「早くお部屋で休みましょう」
 馬鹿云え。そんなことのために借りるんじゃない。
 受付と麻里に詫びを云い云いラブホテルを出る。闇が既に降りて来ていた。
 麻里の左手が触れただけで右手は更なる激痛に悶える。これはいったいどういうことだ。マスもかけん。
 悪性腫瘍でもできているのか。ジャケットの腕をめくって右手の表面を確かめる。
 全く変わりはない。太く膨らんでもいないし赤く腫れてもいない。
 直滑降で近くの荒物屋に飛び込む。急いで包丁を購入する。すぐさま包丁を左手に掴んで右の付根から一刀両断切り落とす。
 これは単なる夢想である。
 右手は妄想を嘲笑して小刻みに烈しく震える。包丁なんかで切り落とせるわけがない。ギロチンでも持ってこなければ無理だ。
 JR鶯谷駅前で麻里と別れた。
「お大事に」すら云わない。両親の躾がなっていなかったのだ。麻里は雲散霧消。ふたりの仲も散々霧消。もしかしてたぶんおそらくきっと。偕老同穴なんか夢の又夢。腕の激痛だけは消えない。電車に飛び込もうかと考えた。だが考えたら飛び込めない。女に振られたからだと勘違いされるのも癪に障る。くそったれめ。高潔な精神が崩れそう。
「ごめんまたメールするから」
 メールで伝えたが返信はない。気分は五面楚歌。だからどうだと云うのだ。スーパーマンを呼びたい。この際ストレッチマンでもいい。
 上野方面に歩いた。西郷さんに助けてもらおうか。それとも飲み屋の東郷さんに。
 一発ができなければ一杯。酒でも飲まなきゃやってられん。酒じゃ酒じゃ。下戸だけれど。
 南郷愁月のことを想い出した。二十代の頃によく読んだ。のみならず強い影響を受けた。南郷愁月は森鴎外や夏目漱石と同時代の作家。両文豪よりも長く生き多く書いた。知名度は両文豪の一億分の一もない。代表作は『片腕の男』と『片腕の女』。本所松坂町の旧家に誕生。本人は自伝に「堀部安兵衛の子孫」と書いている。永井荷風は『断腸亭日乗』に於いて「愁月は吉良上野介の子孫」と記している。いずれにしろ愁月は生まれながらに片腕だった。生まれながらに嘘つきだった。いまここではどちらも羨ましく思われる。
 運河があった。いつもは素通りするのに川面をみつめた。川の流れのように。美空ひばりは激痛に耐えて歌った。とんびは激痛に耐えられず口笛を吹く。悲しき口笛。
 乾坤一擲。この川に飛び込んでやるか。カナヅチだけれど。右手は冷感を欲していた。あそこは金冷法を望んでいた。しかし氷を買った方が安上がりだろう。羊頭狗肉の店で。
 やはり飛び込もう。飛んで水に入る夏の豚。我慢の限界だ。豚にも耐えられん痛み。死んだ方がましだ。生きている方がましだと思うけど。
 機先を制して運河に飛び込もうとしていた。どこかのだれかが。しわくちゃばあさんであることは解る。もっともつるつるばあさんなんていない。いたらどうする。いたら首に縄かけててるてるぼうずにする。
 右手は反応する。ばあさんの肩を掴む。かつて三十路以上の女には触れたことのない右手が。
 ばあさんが振り向く。鬼婆だ。鬼婆が喋る。
「わしにはユメもチボウもないんじゃ」
「たしかにあるようには見えませんな」
「そんならどうして止めるんじゃ」
「ユメもチボウもなくともイノチはあるだろ」
 鬼婆の顔が泣き崩れた。鬼の目に涙。
「唐変木な手じゃ」
「まさにこの手は木ですよ」
 云いながら右手は右手を上げた。おかしい。痛みも震えもない。肩の付根から二の腕肘手首甲まで。あの突き刺す激痛。この打ち壊す激痛。その膨れ上がる激痛。一体どこに行ってしまったのか。これぞまことに雲散霧消。掌を眺めた。濡れ手に粟。ではないこれは汗だ。激痛の残り香だ。少々ばあさんの加齢臭も。
「いやはや助かりました」
「助かったのはわしじゃぞい」
「人生は相身互いというわけで。佳人薄命。老婆長命」
 唄いながら歩き出し振り返るとばあさんは居なかった。あのばあさんは神か仏だったのかも。あるいは結局運河に飛び込んだのか。
 どちらでもいい気がした。生でも死でもどちらでもいいのと同様に。
生死一如。
 家に帰りたくない。こういう状況の時に帰宅する馬鹿はいない。
 家に帰ることにした。可愛い孫が待っている。憎たらしい娘も待っている。
 電車の中で考えた。この右手は悪くない。悪いのは右手を司る脳だ。
 明日早速病院へ行こう。CTもMRIもやるぞ。
 一晩中自殺の夢ばかり見続けていた。試しに自殺してみた。けれどもピストルの弾が出ない。吊った縄が切れる。飛び込んだ川の底が浅い。毒を呑んでも皿を囓っても効果なし。切腹したら刀が折れた。大福餅より柔らかい腹なのに。
 朝令暮改。喉元過ぎれば何とやら。朝になると忘れていた。病院なんかに行くわけがない。
 この日は同人誌の合評会だった。朝一番に家を出て、まずは後楽園に向かった。場外馬券売場に行くのだ。一攫万金。
 ホントは馬券を買うより馬になりたい。種馬になりたい。
 馬券を買っても時間が余った。一刻千金。シニアは千円。池袋で映画を観る。タイトルは『悪魔を見た』。悪魔なんか見たくはない。でも見てみたい。ちょっとだけよ。
 イ・ビョンホンとチュ・ミンシク共演の韓国映画。監督は名作『甘い生活』のキム・ジウン。韓国映画はいい。そうに決まっている。何よりも甘そうで甘くない。
 悪魔くん。いや中年男が若い女を浚って犯して切り刻む話。ナイフで鉈で肉切り包丁でギロチンであれやこれやで。まるで弁慶の七つ道具。感心した。こういうやつでやらなければ腕だって切り落とせない。
 笛は吹かないが残虐非道。悪辣無比。「津山三十人殺し」より酷い。哀れ美人薄命。あれは美人だから薄命じゃなく薄命だから美人なのだ。ばあさんだって薄命なら美人。
 悪魔が復讐の鬼に殺られた直後に映画館を出た。タイトルロールは見たくない。余韻を味わいたくないからだ。味わいたいのは余生のみ。世間に見るなと警告したい。韓国映画はオソロシイ。吐き気がする。眩暈がする。おもらしだってしているかもしれない。もしかすると愉悦のせいで。
 それにしても陰気な映像。陰気は悪徳陽気は美徳。これは四字熟語ではなく宇野千代の人生訓。
 道路脇のベンチに坐っていると通行人の視線が気になる。映画の中で中年男を見る若い女の視線と同じ。案外こっち以上にあっちが気になっているのかも。ホームレスかしらこのオヤジ。
 遣りきれずに乞食さながら視線を落とす。すると右手は肉切り包丁を握っている。なんじゃこれは。放り出そうとするが掌から離れない。それもそのはず。肉切り包丁を握っているのではない。右手が肉切り包丁そのものになっていたのだ。
 今ここでテレビ局のマイクを突きつけられたとする。「あなたは今何をしたいですか」と問われたとする。ビデオカメラを睨みながらこう答えるに違いない。「若い女を切り刻みたいものです」
 仕方なく右手は右手をジャケットのポケットに押し込んだ。老けた石原裕次郎。ポケットの端が切れた。どうして左手じゃないんだ。右手で右手を切り落とせないではないか。
 この際トルストイに電話で相談してみようか。たまには声も聴きたいし。超多忙なトルストイだから迷惑だろうな。
 親友の辻萬里が『千手観音』という芝居を上演した。三本腕の男の苦悩。なぜ苦悩するんだ。三本あれば一本は切り落とせる。尤もそれは四十年前の話だ。お互い若い頃は繊細だったのだ。
 痛い痛い。右手は激痛に悶えた。まるで肉切り包丁で切られた痛み。忘却とは忘れ去ること也だったのに。
 それでも合評会会場の渋谷に向かった。五里霧中・もうこりごり。
 同人誌掲載作は『手の変幻』。年齢や経験の積み重ねによって手が徐徐に変化する。その有り様を書いたエッセイ風私小説風作品だ。
 このタイトルには思い入れがある。美学を勉強していた若い頃。夢中で読んだ清岡卓行の美術論のタイトルである。内容はすっかり忘れたが名著であった。忘れても名著。忘れなかったら著名。初めての女に貰った。画学生相手のヌードモデルをしていた。陰毛怪怪。連中がそう云うのを複雑な気分で聞いていたものだ。学生街の喫茶店の隅で。苦い思い出。苦いコーヒー。
 そうだ一つだけ想い出した。『手の変幻』にはミロのビーナスの話が書かれてあった。ミロのビーナスには両腕がない。両腕がまだある幸運を噛み締めよう。それにしても芸がない。名著のタイトルをそのまま使うなんて。芸がないのはゲイでもないが芸術でもない。
 ハチ公前で同人仲間の盟友畑耕に会った。やつはゲイでもあるし芸術家でもある。合評会では名優でもある。
「やあやあヒラさん我が管鮑」
(漢方なら治るかな)
「やあやあ畑さん我がチンポ」
(相変わらず巧言令色)
「相変わらず脳天気ですな」
(天気でも元気でもないね)
「相変わらず鼻が高いな」
(鼻高々という意味だよ)
「相変わらず図体が大きいね」
(あそこも大きいんだというのは嘘)
「ところで今日は合体会いや合評会」
 畑耕の掲載作のタイトルは『馬おとこ』。馬面の話ではない。種馬男の行状を描いたエロ小説だ。満子シリーズの一編。
「玉石混淆の会ですな」
「枝葉末節の会でしょう」
「そう云えばヒラさんの手も枝葉末節」
 見ると右手は肉切り包丁のはずが枝葉に変わっている。
「ここここれは単なる冗談」
「さすがはヒラさん冗談から駒」
 もう一度見ると枝葉が瓢箪に変わっている。千変万化は大袈裟でも君子豹変す。おそらく右手は君子なんだ。
「冗談も重なると冗談じゃない」
「合評会やめて仮装会にしますか」
「いや畑さん火葬してほしい」
「僕は畑は耕してもお金は貸そうなんて思ったこと無い」
(今度はきっと鍬になる)
 やっぱり鍬になった。できれば打ち出の小槌になって欲しかった。ここまでやるか。もはや笑い男になる他はない。笑いながら歌った。園まりの物真似。
「今は何も云わないで黙って傍に居て」
(原発発言でもされたら核廃棄物になる)
「なるほど沈黙は禁ですか」
「沈黙は金隠しですよ」
(バカなんて云われたら馬か鹿になる)
 畑からお喋りを取ったら幽霊になる。
「ヒラさん種馬になりたいんですよね。今回はあなたの願望を馬車馬の如く書いたのよ。純文学作品としてウマく昇華させました。馬脚は現していません。無駄に馬齢を重ねてはいませんから」
 馬耳東風。馬の耳に念仏。
 遅かった。みるみる右手は巨大な馬になってしまった。芦毛のサラブレッド。五十年間馬券を買い続けた甲斐があった。それでその馬に乗って故郷に帰るのであった。その前に畑耕を蹴飛ばした。馬おとこに蹴られて死んじまえ。人間万事塞翁が馬。
 雨にも負けず風にも負けず。順風馬歩。天馬空を翔る。これは臨死体験なのか。
 艱難辛苦もほどほどに早朝辿り着いたのである。故郷県故郷市字故郷は寂れていた。右を見ても放射能。左を見ても放射能。肉眼では見えないから体感で見る。いずれ色でも付けてほしい。
 門前雀羅。生家前に立つと雀が三羽右手(つまり馬)に留まった。3Dの時代なのに何たるアナログ性。この馬はタイムマシーンか。
 ばあさんが出てきた。実母のはずだが運河のばあさんと同一人物に見える。光陰矢の如し。
「お帰りヨシミツや」
「おふくろ老けたなまるでばあさんだ」
「お前だってすっかりじいさんだよ」
(いまは馬さんだよ)
「でもずいぶん大きくなったものじゃ。大器晩成」
(大性器晩成。だが性欲より食欲)
「何か食いたいな」
「ニンジンでも食うかいな」
「できれば朝鮮人参を」
「ニンジンでなくニンゲンにしようかの」
(やはり鬼婆だ。鬼婆の老婆心)
 厭な映画を観たせいだ。あれから変なのだ。
 いいや麻里を待っていた時からだ。セックスするためだけに。セックスよ呪われてあれ。これは深沢七郎の叫びだ。でなければあの喫茶店がいけない。その名も『一期一会』。
「苺はあるかい」
「イナゴならあるさ」
「そんならそのアナゴの天ぷらを」
「天網恢々疏にして漏らさず」
「つまりこれからアナゴ漁を」
「思い立ったが吉日じゃ」
「急いては事をし損ずる」
 さすがに腹が減ってきた。腹が立ってきた。鬼婆でもいいから喰っちまおうか。
「ヨシミツや自分の母を喰う気じゃな」
「言語道断。鬼子母神」
「とっくに喰ってしまった母を」
 恨み骨髄の形相で尻を烈しく叩かれた。
「尻滅裂」
 老母は無償で無消した。折角黄泉の国からやってきてくれたのに。
 右手は成るべくして人喰い鬼になった。そうして右手以外の部位を総て平らげてしまった。
 めでたしめでたし。
 

 

構想」51号より転載

 

 

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