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 作品,47

構想」49号より転載

 

「私と麻子というかなりありふれて日常的な男と女の光景を描きながら、ところどころに
その日常的現実が綻びを見せ、非現実がぐっと顔を出す、そのアンバランスが面白かった。」
                           推薦・小島義徳(出現
 
 
                           縦書きPDF版 「夢三昧

    夢三昧
                           畠山 拓

 

     一、若い魔術師の正体
     
 じゃじゃ馬の麻子からメールが来た。真夜中、キチンで飲んでいるのだ。受験生の子供がいるので起きている。美味しい夜食の準備をしているのかもしれない。ソーダで割ったウォッカを数杯飲んでいるだろう。
「男はバリバリ働いて、金もあって、セックスも強い男が良い」と、老人の私を罵倒する。酔っ払った麻子が何を言おうと、私は気にしない。付き合いも長いのだし、麻子の気立てのよいのは知っている。
 仕事の出がけに母親と喧嘩した。「あんたなんて面倒みてあげるものか。死んでしまえ」と、言ってやったわ。夜には「スープの冷めない距離にいる」母親の好きな料理を作って持っていくのだ。仕事で疲労困憊している体を引きずって運ぶのだ。
 私は苦労をかけている麻子を慰めるために旅行に誘う。
「何所が良いかい」
「どこでもいいわ。ゆっくりできて、美味しいものが食べられたら」
 私は地図を持ってきて、麻子の膝の上に置く。訳のわからない味の酒を飲みながら、地図に夢中になる。耳元を羽虫が飛んだり、照明が変に瞬いたりする。
「この国が良いかな」
「美味しいものがあるかしら」
「さっそく旅行会社に申し込もう」と、私は携帯を取り出した。飛行機で数時間ばかりの国を選んだ。私も麻子も初めての国だった。
 機内食を食べ、狭い座席でうとうとしながら、夢を二つ三つ見たところで、目的の空港らしかった。
 異国の空気はどこか違っている。時間は深夜に近い。空港からバスで市内に向かい、ホテルに落ち着いた。
 次の朝、ホテルの食堂で私と麻子は男と知り合った。五六種類のバイキング料理を皿に盛り、テーブルで仲良く食べていた時だ。
 若い男は日本人に見えたが、混血かもしれない。服装からくる印象だろうか。若い男がこちらを見ているのに私は気がついた。男は知人に偶然に会った時の表情である。柔和な表情に驚きが混じっているようだ。
 若い男は私の知人ではない。麻子を見ているのだろうか。私は麻子に聞いた。
「知らないわ」と、麻子は答えた。少し離れたテーブルの若い男をろくに確かめてもいない風に思えた。男のテーブルは観葉植物の陰に半分隠れている。
「麻子に興味があるのかな」と、私は言った。
「そんなことどうでもいいじゃない」
「気になるよ」
「変な人ね」
 食事が終わり、部屋に戻って、今日一日の観光先をガイドブックで確かめる。ガイドブックには色々なものがある。私が勤務していた出版社も「地球の歩き方」というガイドブックを発行している。学生のための一人旅用のガイドブックとして発刊されたものだ。
 旅行ガイドブックで珍しいものは、たとえば「サラエボ旅行案内」という書籍がある。
 書籍は旅行ガイドブックの体裁をとっているが、市街戦が行われた戦場の街を紹介したものだ。反戦のメッセージとして出版されたものだ。
 内戦があったユーゴスラビアで、苛烈な市街戦が行われた首都サラエボを紹介している。装丁はミシュランのガイドブックそっくりである。戦争が市民に与える被害を告発した書籍だ。記述の文章はユーモアにあふれている。ブラックユーモアというべきか。
 私と麻子が来た国は、大勢の観光客であふれる、安全な都市だ。温暖な季節で、天候も快晴だった。麻子は細身の街着、私は開襟シャツでホテルを出た。
 美術館か博物館が良い。市場や公園も国によって違うので良い場所だ。タクシーを拾う。
 ガイドブックでは十分ぐらいのはずだが、タクシーは何時まで経っても目的地に着かない。悪質なタクシーに乗ってしまったのかもしれない。乗車時に料金を確認すべきだった。
 私とタクシードライバの言い争いを仲裁したのが、Kというホテルで見かけた青年だった。偶然通りかかって、助けてくれたのだ。私たちは知り合いになった。
「日本からいらしたのですね」と、Kは優しい笑顔を作った。
「失礼だが、貴方は日本人でしょう」
「二世です。祖父が日本人です」
 少し違和感があるが、顔立ちは日本人である。美男子の部類だ。年齢は二十代だろう。長身で癖毛の髪が美しい。
「仕事でこちらに来ていますが、良かったら町をご案内しましょうか」
「でも、仕事がおありでしょう」
「大丈夫、今日は空いています」
 それなら、恋人でも呼べば良いじゃない。素敵な町なのだから、と言おうとしたが、止めた。
 麻子は「そうしてもらいましょうか。楽しめそう」と、言った。
 私と麻子、正体不明の青年、三人は異国の街を歩き回った。彫刻や建物など奇妙な構造物を眺めた。肉や果物などを使った奇妙な料理を食べた。動物や鳥の鳴き声のような奇妙な言語を耳にした。
 半日ばかり一緒にいて、青年と私たちはとても親しい間柄になった。Kの素性を少しばかり尋ねても失礼にはならない。
「貴方は何をしている人ですか」と、私はKに尋ねた。
「見世物はお好きですか」と、Kは私の質問には答えず、聞いてきた。
「好きですよ」
 Kは答えたくないわけではなかったのだ。Kは自己紹介のために私と麻子を「見世物」に誘ったのだった。
 レンガ造りの古い建物に案内された。古い建物だがなんとなく華やかな雰囲気もあった。建物は劇場らしい。フロアーの奥には三百ばかりの客席がある。赤いビロード張りの椅子が馬蹄形に並んでいる。ほぼ満員の客だ。さまざまな国の人がいるらしい。
 麻子と私は案内された席に着いた。Kは見当たらなくなった。あたりが暗くなり、舞台にスポットライトが当たった。マジックショーが始まるらしい。
 いつの間にかKは舞台にいる。
 Kの正体がわかった。Kは奇術師だったのだ。
 マジックはいたって平凡なものだった。鳥や兎などが現れては消えた。馬や虎が現れては消えた。最後の奇術だけは少しばかり緊張した。
 水の入ったガラスの水槽にKは沈められた。手錠を掛けられたまま、観客の前で水槽に横たわる。水槽は黒い布で覆われるのがお馴染みの光景である。舞台の小さな水槽は覆われなかった。水槽の蓋には鍵がかけられている。
 人間は何分間水中で息を止められるものか解らない。私は息苦しくなった。ライトで眩しく舞台に浮きあがっている水槽でKはもがく様に動いている。どうやら手錠を外したらしい。水槽に鍵がかかっている。
 どのような仕掛けになっているのか解らない。水死寸前のKは水槽に体をぶつけている。水は泡立ち、水槽がわずかに揺れる。
 蓋が突然開く。Kは水槽に立ちあがり、手錠を外した両手を高く差し上げる。会場に拍手が立ち上る。
 トリックだとわかっていても、緊張する。水の中でもがき苦しむ男を見るので、なおさら緊張するのだ。手錠や水槽の鍵にどのような仕掛けが施されているものか。Kが水槽に身を沈めていたのはたっぷり五分もあったろうか。激しく苦しんだことだろう。今、Kは舞台で笑っている。懐かしく感じる笑顔だ。
 楽屋に私はKを訪ねるべきだったか。麻子が帰りたがったので、私は黙ってホテルに帰ることにした。「忙しいと思うわ」「ホテルで会えるわよ」
 麻子の言うとおりだった。Kは私たちがホテルに滞在している事を知っている。Kも巡業でホテル暮らしに違いない。
 私と麻子は市場をぶらつき、果物を買った。オレンジやマンゴーに似たみずみずしい果物だ。
 夕食の時、Kに会う事が出来たのだ。麻子と夕方の散歩中港で見た夕陽の美しさを話していた。食堂のドアから現れたKに私すぐに気付いた。と言うよりもKが入ってくるのを待っていたのだ。
 Kは私たちに気がつかなかったものか、向こうのテーブルに着いてしまった。こちらを見たようにも思うが、近眼の私には判然としない。Kは知らん顔をしているのか。何故、私たちに気付かないふりをするのか。舞台で疲れ果ててしまった。挨拶もせずに帰った私たちに腹を立てているのか。
 早くお礼を言い、わだかまりを解かなくては。思いながらも、気後れして、すぐに席は立てない。Kは一人のようだ。後から連れが来るようすもない。
「驚いたよ。君が魔術師だったなんて」と、私は同じテーブルに誘ったKに言った。
「私は、解っていたわよ」と、麻子は言った。冗談なのだ。麻子にも想像できなかったろう。Kの職業は何に見えたか。
「たいしたことではありませんよ。あんなこと」と、Kは魅力的に笑った。笑い顔をどのように作ったのか、私にはわかった。私も若いころ、同じように笑っていた。
「魔術というのは、訓練なのか、才能なのかね」と、私は平凡な質問をした。
「両方なのでしょうね」と、Kは笑っている。
「とにかく、貴方の舞台は素晴らしかった」
「有難うございます」と、Kは頭を下げた。
 Kは麻子を見詰めた。見詰める時間が長すぎると感じるほど見詰めた。
 私たちは羊の肉と南国の野菜の料理を注文した。Kは鰻を食べた。私は蒲焼以外の鰻は食べない。Kの皿はなるべく見ないようにした。食事は楽しかった。麻子は上機嫌だった。
 食事の後、私たちは明日も会うことを約束して別れた。部屋に戻った麻子はぼんやりしていた。考え事をしているのだ。
 私は急に不安になった。麻子の様子が変だ。麻子が何を考えているのか解っていた。麻子はKのことを考えているのだ。Kに心を惹かれている。
 麻子は私と付き合っていて、他の男に心を動かされた事があるだろうか。私は無い。老人の私に満足しているのだろうか。どうも、そうとは言い切れない気がする。麻子も色気が有るので、男に言い寄られることもあるだろう。我慢できないことだが、無いとは言い切れないことだ。
 Kは麻子の好みにぴったりな男だ。明日もKと行動を共にする約束をしてしまった。約束などするのではなかった。今から断れないものか、考えた。仮病もひとつの策略だ。私は腹痛か頭痛をおこす。
「麻子一人で行っていらっしゃい」
「そんなことはできない。私はテレビを見ている」
「言葉が解らないだろう」
「歌や踊りなら、言葉が解らなくとも」
 病気の私をほおって、麻子は観光に出かけたりしないだろう。考えてみたが子供っぽいし、卑怯な手段である。
 次の朝、Kに連絡して、昨日の礼を言い、会う事を断った。
 一日、街を麻子とふたりで歩き回り、橋や博物館や公園を楽しんだ。勿論おいしい食事もたらふく食べて、満足だった。
 ホテルに戻りジャワーを浴びて、大きなダブルベッドに入った。
 私はリキュールをたっぷり飲んでいるのに、寝付けない。自然、Kの事を考えている。感じのよい青年だ。Kと居るのは楽しい。麻子のことも私の下品な想像なのだ。旅の良い思い出にしなくては。嫉妬は良くない。
 いつの間にか、水中マジックの場面を思い描いていた。手錠を外し、水槽の鍵を内部から外し、脱出するさまを反芻していた。
「この国、気に入ったわ。暫く暮らしたいくらい」
 私は何故だか、厭な気がした。私もこの国が好きになっている。好きになっているが、麻子の口からそう言われるのは厭だった。「家が懐かしいわ」とでも言って欲しかった。
「Kも旅をして歩いているのだろうな。ああいう、仕事だから」
「旅はいいわね」と、麻子は小声で歌うように言う。
 私はいつの間にか、水槽の中だった。手には手錠がかけられている。苦しくはないが窮屈で居心地が悪い。水槽にはスポットライトが当たっていて、水が輝いている。スポットライトの光が水をかき回している。水槽の中から外が見える。水槽は舞台にある。私は観客席を眺める。観客席は歪んで見えるのは水の所為だ。
 客席はほぼ満員である。観客の皆は私の水中脱出のマジックを見物しているらしい。上手く、脱出できるものか解らない。今は何ともないが、何時、呼吸が苦しくなるか知れない。
 客席に麻子がいる。麻子の隣にKが座っている。ふたりはぴったりと肩を寄せ合っているようだ。何故、私が水槽に閉じ込められていて、Kが麻子と一緒なのか分からない。
 私は非常に悲しい気持ちで、水中からふたりを見た。

    二、狂乱のストレンジャー
                             
 麻子、狂乱す。始まりは、休日である。
 子供はフランス人とどこかに行ってしまった。母親には睡眠薬をたっぷりと飲ませてある。与えすぎたので、死んでしまうかもしれない。
 麻子からメールが来る。「仙人の山に来て」と、言う。行ったことも見たこともないところだが何とかなるだろう。電車に乗り出かける。すぐさま三途の川を渡る。今日も晴れていて、浮浪者のテントが並んでいる。川岸を犬が走り回っている。亡者の魂を追いかけているらしい。
 電車を降りて、狭い商店街を進む。最近の商店街は皆、レンガタイルできれいに飾られている。鏡が敷き詰められているので、奇妙な気分だ。空が映っているので足元が不安なのだ。
 帰りに麻子と食事できそうな店を探しながら「仙人の湯」を探す。
 私はメールを読み間違えていたらしい。東京の近郊に、仙人の山などあるわけはない。「仙人の湯」ならわかる。
 道を幾つか曲がり、初めての場所にたどりつく。迷わずに来たので、私は嬉しくなる。城を思わせる建物が住宅街に突然そびえたっている。陰気な建物だ。風呂屋なのだからもっと明るい作りでも良いのではないか。たとえば横浜の中華街の入り口の華やかさがあればいい。赤い色があれば良い。実は赤い色が無かったわけではない。庭で火が燃えている。一か所だけではない。何を燃やしているのか気になって、立ち止った。動物の形をしたものだ。犬を燃やしているらしい。気持ちが悪くなって逃げようとした。犬であるはずがないと思い、もう一度確認した。犬のぬいぐるみだった。落ち葉や、木屑と一緒に燃やされている。
 麻色の和服にモンペ姿の若い女が建物から出てきて、私を迎えてくれた。ぬいぐるみを燃やしていた人も、若いモンペ姿の女だった。従業員らしい。
「お履物をこちらにどうぞ」と、女は玄関で言った。丁寧だ。丁寧なら私の靴を片付けてくれてもよさそうなものだが、手を貸そうとはしない。規則なのだろうか。玄関の狭さとは対照的に建物内は広々とした板張りの広間だった。道場の雰囲気だ。
 入り口近くにカウンターが有る。若い女が二人並んでいる。何かがいる気配がする。カウンターの下に黒い猫が数匹いる。
 若い女ばかりだと思ったが、男も働いている。若い男たちだ。皆、コンビニのアルバイトのようなものかもしれない。
 麻子と待ち合わせをしている。間違いないのだろうか。私は若い男に尋ねる。
「人と待ち合わせをしている。この広間以外他にも施設が有るのかい」
「ここでお待ちになってください」と、男は言った。「今、係りの娘を呼びますから」
 私は従業員の言う意味がわからない。麻子は風呂に入っているはずだ。麻子はサウナが大好きなのだ。私はサウナに入ったことはない。一度はあるが懲りている。あんなに熱い場所に居られるものではない。
「お客様は、あかすり、をご注文されて代金をお持ちでないといいます」と、若い女が出てきて言う。麻子は貧乏している。金を持ってこなかったろう。サウナの途中で、サービスを受けたくなった。
「後で年寄りが来るから。お金を払います」と、麻子は言ったのだ。
 私は金を払って、麻子の運転免許証を返してもらった。免許証の写真はひどいもので、悪魔だ。悪魔が笑っている。麻子はスピード気違いで、今まで数人ひき殺している。轢き殺されるほうは気の毒だ。後悔などしていないのだから。
「年寄り」とはなんという言い方だ、と私は笑ってしまう。「父がとか。御義父さんがとか言えば良いのに」と、思う。
 風呂は温泉に入っている。那須の日帰り温泉に入る。途中の山道で魑魅魍魎に出会う。さして怖くはないが、タロット占いの女がいて、時々、私に声を掛ける。寄っていかないかと言うが、断る。うっかりすると「高野聖」の物語の様に驢馬に変えられてしまうかもしれない。私の住んでいる那須は危険なところだ。小学生が黄色の帽子のほか、熊よけの鈴を付けて通学している。雉射がいて何時銃弾が飛んでくるか解らない。
 日帰り温泉に入っているから街の銭湯では詰らない。初めてのところなので珍しくもある。私の幼いころ父は一時一人暮らしをしていたことがあった。父の住まいに遊びに行った。父と銭湯に行ったのを覚えている。湯上りの牛乳が美味しかった。
 仙人の湯は記憶の銭湯の数倍はある。大きいだけで華やかさがない。アニメ映画の宮崎監督作品、「千と千尋の神隠し」の湯屋は華やかである。
 曖昧模糊と麻子を待っていても仕方ないので風呂に入ることにした。男、女と染め分けた暖簾のひとつを跳ね上げて、脱衣所らしき所に入った。裸の男たちが居る。脚萎えの老人も居れば、はち切れそうな筋肉の若者もいる。いくつもの泡立つ湯船やシャワーや水風呂で、うめき声をあげて楽しんでいる。
 私はジェットバスの泡の放流に身を沈める。天井までの大きなガラス窓から太陽が注ぎ込んで快適である。
 泡立つ湯船に首までつかると、自然に仰向けの姿勢になる。窓からの日差しが顔に当たる。湯の泡立ちに陽光が乱反射する。ガラスの小魚が湯船に群れている。ガラスと考えただけで肌が傷つけられそうだ。
 広い浴室なので、邪魔にはならないが、大勢の裸の男たちが居る。あちこちに亀が這いずりまわっている。うっかりすると躓きそうだ。那須の日帰り温泉は、私ひとりの湯だ。事情を知っているので客の少ない時間を選ぶ。濃い硫黄の匂いが良い。良く温まる。
 たくましい若い男と老人が何か争っている。真っ裸の人間が争っているのは、何か滑稽な気がする。それ以上に陰惨な感じもする。お互いの性器をさらしているのだから可笑しい。人間は裸で喧嘩してはいけない。立ち上がっているのだから。動物や昆虫などの縄張り争いは体や体の部分の多さを誇示する場合が多いらしい。四足動物は少なくとも性器はさらさないで済む。
 裸の男の争いは間もなく静まった。刺青御断りの張り紙があるせいか、ひとりも見当たらない。
 カラスが水風呂の淵辺りで水をはね散らしている。私は驚いて窓を見る。あけっぱなしではない。一羽ばかりではなく二羽も三羽もいる。
 私は湯からあがり、ほてった体に少しだらしなく衣服を付ける。広間に戻った。麻子の姿は見えない。縁台型の椅子の所々に男女がくつろいでいる。私は
空いている椅子に腰かけた。テレビを見る。麻子に携帯電話をしても、風呂では無理だ。女の永風呂というが、待つしかない。
 テレビには密林を行進する蟻の群れが映し出されている。植物や動物を食いつくして巨大な流れをつくり、突き進むのだという。私はあきれて見入っていた。
 私がテレビを見ていると、巨大な蜘蛛が、私とテレビの間を小走りに通る。黙って、会釈して、小走りに通り抜けていく。しつけがいいのだ。風呂の従業員なのだ。人間ばかりではなく、色々な物を雇っているらしい。
 麻子からメールが来る。「もう少しかかる。ビールでも飲んでいて」麻子と昼食の約束をしてある。一時近い。ひとりで食べてもつまらないが、空腹に負けて料理を注文した。
 料理の注文の方法は単純である。機械についているランプを押すと、紙片が出てくる。紙片には料理の名前が記されている。紙片を奥のカウンターに持って行って、係りに渡す。言葉が通じなくても、不便はない。問題なのはランプに記されている文字が読めないという事だ。アラビア文字に似ている。私にはまるで判読できない。小さな蠍が張り付いている。蠍が連なっている。
 急に喉の渇きを覚えた。我慢できない。
 私は当てずっぽうにランプボタンを押した。蠍がはい出し来る。
 カウンターの従業員は感じのよい若い娘だった。紙片を渡しながら「ビールがほしい」と、言った。紙片にビールと書かれていなくとも何とかしてくれると考えた。言葉もビールぐらいなら通じるだろう。若い女は優しく笑ってうなずいた。女は紙片を受け取ると、私に小さな鳥籠を渡した。
 私は鳥籠を受け取った。がらんとした食堂の一番隅のテーブルに女の子が一人いた。はやり鳥籠を前にしてじっとしている。
 私は少し離れたテーブルに陣取った。
 待っていると籠の鳥が何か言った。九官鳥らしい。「早く取りに来やがれ」と、言っているらしい。私は鳥籠の用途にはじめて気付いた。
 ビールをひとりで飲んで、麻子を待っている。テーブルの女の子はひとりでご飯を食べている。中学生ぐらいか。寂しくないのか。
 麻子はやがて、風呂からあがってくる。あかすりとサウナで上気した顔が光っている。喉がよほど乾いているらしく、立て続けに水を飲んでいる。私の幼いころ田舎の家には何頭もの牛がいて、桶の水を飲んだ。水の音を思い出す。
 お腹もすいているという。寿司を食べに出ることにした。
 気がつくと、さっきの少女はいない。なんとなく気になっていたので、振り返ったのだ。
 街は明るかった。寿司屋に入った。
 回転寿司だった。私は気取って言うわけではないが、回転寿司にはやむおえない時しか入らない。今まで二度ほど入ったか。理由はベルトの上を移動している寿司は美味しそうには見えない。商品見本なら解るが。乾燥するだろう。客の前を動くから、客の息や唾が飛び散っているかもしれない。
 私は嫌がったが、最近は事情も違うらしい。皿の寿司に透明キャップをかぶせる。客の注文を受けて握る。普通の寿司やと変わらないのだ。
 水槽が有り、鯵が泳いでいる。蟹や蛸もいる。蛸は水槽を這い上がり、見る間に外にはい出す。寿司職人の目を逃れて逃げ出そうとしている。知らせるべきか迷ったが知らぬふりをした。蛸は見とがめられないので安心したのか、私と麻子の席に這いこんできた。麻子の足に絡みついたりしている。麻子は煩さがって何度も蛸を踏みつけている。
「先日、来た時はとても愛想よかったのに、今日は冷たい」
「今日は男ときているのだ。へらへらは出来ないだろう」
 蛸入道そっくりの寿司職人が居る。麻子は詰まらなそうに、男の禿げ頭を見た。サウナの後ビールを何倍も飲んでいる。急速に酔いが回ってきている。今日は危ないかもしれない、と私は考えた。
 麻子は時々酒乱気味になる。正しくは酒乱気味ではなくて、酒乱になる。
 寿司屋から始まり、数軒はしごをする。酔うとふたりとも声が大きくなるので、フレンチレストランや小料理屋やバーには入らず、ビヤホールや居酒屋に入る。大声でわめいても、周りは驚かない。
 私の予想は当たった。居酒屋でメニューの写真と出てきた料理が違う、と麻子は言い始めた。「撤退」と、私は勘定を済ませた。
 結局、麻子はレジで三十分以上も抗議を繰り返していた。そうなると、麻子は止まらないのを私は知っている。居酒屋の従業員には気の毒だが、暫くの間酔っ払いの怒りを受け止めてもらうことにした。我慢も商いのうちである。私はレジの椅子に腰かけてゆったりとしている。
 ようやく気が済んだらしい、麻子を抱えるようにして、夜の街に出る。真夜中である。危ない足取りで歩いていた麻子は脚を振り上げると、ハイヒールを飛ばした。もう一方のハイヒールも前方の道に転がった。
 女のハイヒールは女自身にとっても窮屈なものだろう。見ていても気の毒になる事かある。女は靴から自由になりたい気持ちはわかる。
 二十代の若いころ、少し年上の恋人が居たことがある。女は酒乱で飲むと荒れた。夜の街で靴を脱ぎ、はしゃぎ回った。年上だけれど、とても可愛い女だった。

    三、夜明けの夢魔
 
 夢を見た。私は壁にもたれている。とても広い場所らしい。壁があるのだから屋内らしい。壁は塀とは感じられない。壁に背中をもたせ、足を投げ出して私は休んでいる。私のそばに女が現れる。
 非常に奇麗な女だ。見覚えがある顔だが、誰なのか思い出せない。好きな女優に似ている気がするが、誰かわからない。知り合いなのか、顔だけを見知っている女なのかもわからない。女は若い。十代の子供らしさが表情に残っている。
「こちらにきて座らないかい」と、私は女に声をかける。
 女は素直に私のそばに来て、座った。
 座った瞬間に履いているスカートの風が顔にかかった。私は機嫌よく話し出した。滑らかに話していた。
「君の名前は何と言ったかな」と、私は思わず言っていた。
 女と私は知り合いなのだ。仲が良いのだ。久しぶりに会ったからといて、名前を忘れる事はない。女にどう思われるかわからない。女は機嫌を損ねるだろう。後悔したが、遅い。
「いま、思い出すからね。何という名か」
 私は女の名前を失念している。失念した振りをしている。女をからかっているのだ。女には自分がからかわれている、と思わせたい。
「何と言ったかな」と、首をかしげ、相手の顔をのぞき見、眼で笑う。女をじらしているのだよ、と思わせたい。本心は時間を稼ぎながら、忘れた名前を思い出そうとしている。名前は浮かんでこない。焦ってしまう。
 時間が長すぎる。女に私が本当に名前を忘れてしまったのが、ばれてしまう。女から嫌われる。気持ちよく話ができていたのに。そっと肩を抱けたかもしれないのに。どうしても名前が出てこない。
「もう、行ってしまうのかい」と、私は心細くなって言う。
「そんなことはしないわ」
「仲良くしようね」
「仲良くしているわ」と、女は投げた私の足を触っているらしい。くすぐったいような、変な気持だ。女は熱心に仕草を繰り返しているようだ。名前を忘れたことなど、問題ではなかった。私は安心して女にされるままになっている。
 寝相が悪く、夜具がベッドの中でもみくちゃになっていた。
「焦ったけれど、気持ちいい夢だったな」と、私は麻子に夢の話をした。
「おじいさんになった証拠よ」と、麻子は言う。
 忘れっぽくなったからか。夢の話ではないか。麻子は最近、私の歳の話を皮肉っぽくする。私のひがみなのか。
 私は夢の話を切り上げることにした。
 最近、麻子の前で名前を間違えて言うことがある。「新しい女でも出来たの」と麻子に言われるが、そうではい。自分でも知らない名前が口から洩れる。気にしているわけではないが、理由はわからない。過去、親しかった女の名前ではないようだ。
 麻子が名前のことにこだわりだすのはまずい。気持ちを向けられたら具合が悪い、と私は気がついて、口を閉ざす。
 夢の女は非常に可愛かった。私の気持ちを覗きこんだら、麻子は嫉妬するに違いない。昔の女の誰なのか、と私を責めるかもしれない。時々名前を言い間違える、私を疑い出すかもしれない。
 夢の非常に可愛い女を忘れることができなかった。
 どうしても、もう一度会いたいという気持ちが深くなる。
 会うのは簡単な気がする。私の頭の中に入っているに違いないから、ごく手近にあるということだ。眠りさえすればよい。同じ夢の続きを見られるという保証がないけれど、しかたがない、試行錯誤で呼び出すしかない。
 私はまず眠る準備を始める。
「暇でいいわね。私はこんなに忙しくしているのに」と、麻子は言うけれど。
「麻子の手伝いが出来ればいいけれどね。代わりに手洗いに行くとか、私が代わって鏡の前で化粧するとか」と、私は言う。
 離婚して仕事と子育てと、家事と、母親の看護と何もかもやっている麻子は眠る時間も少ない。どうかすると私の腕の中ですぐに眠ってしまう。
 私は晩酌し、夕食を食べ、風呂に入ると何もすることはない。テレビも大抵はつまらない番組だ。夜の読書は疲れる。友人とのパソコンメールも相手が退社してしまうから出来ない。大抵は早寝する。
 夢を見る要領は心得ている。十分の睡眠をとることだ。熟睡では夢を見られない。見ても覚えていないらしい。浅い眠りで夢は多くみられる。明け方の夢は、だから記憶しているのだろう。
 明日の朝は、夢の女に会えるのだ。女の名前は何と言うのだったか。思い出しておかなくてはならない、と気がついた。夢の中でまた、失態を繰り返してはならない。夢の女は誰なのか分らない。目覚めて考えても分らない。知った顔なのだ。昔の記憶を呼び起こす。親しい女とは限らないかもしれない。夢は日常のいろいろの物を取り込む。付き合いのある女ではないかもしれない。近所で見かけた女とか。スーパーのレジ係、書店の店員、電車で乗り合わせた客。あるいは昔のクラスメート、サラリーマン時代の部下。
 考えても、誰なのか一向に思い浮かばない。
 若いころから小説を書いている。小説に登場する色々な名前を考えて日がな一日過ごす事もあった。夢の女は小説の登場人物ということもある。何も自作の小説とは限らない。可愛らしい女の印象しかないのだ。漠然としていて、探りようがない。夢の中でも解らなかったものが、目覚めて解るだろうか。
 無理だと考えても、諦めきれない。
 夢の中でも思い出せない。目覚めていても思い出せない。ならば、半分覚醒している時はどうだろう。眠る寸前に、眠っているとも、おきているとも解らない時間がある。色々なことを考えている。考えている事が、現実みを増していき、ベッドに横たわっている自分を忘れる。風景を思い出していると、私の身体は紛れもなく風景の中にいる。誰かを思い出していると、明らかに目の前にいる。眠るのだなと、私は知る。
 勤めを辞めてから十年ほど経つ。それでも会社時代の夢を見る。最近も生々しい夢を見た。終業時間が来ているのに、会議が有るのだという。いつものことのようでもある。
 事務員の若い女が言う。「まだ、お帰りじゃないのですか」。感じが良い女だ。私に誘われたがっているのがわかる。女と帰りたいが、会議が有る。「待っていなさい、すぐに終わるから」と言う。言うばかりではなく、女に近づくと、ミニスカートの足を撫でている。きれいな脚が目の前にある。
 女を置いて、廊下に出るが、すでに電気が消えている。節電のためだ。やっとエレベーターに乗り、薄暗い階におりる。辺りは暗室のように赤っぽく暗い。会議室に入ると何やら、大勢の人間がいる。めいめい勝手なことをしているようだ。私が最後の出席者らしい。「早く食事を済ませてください」と、誰かが言った。会議の前に食事がでたらしい。薄暗いテーブルに大皿がいくつか並んでいて、豚肉が盛られている。バイキングらしいが、皆の食べ散らした皿が散乱している。まだ残っている料理の皿を探し、食べようとするが、箸がない。
 なんだかいらいらして、食べる気がしない。薄暗くざわついている。
 食べ物と、女の夢を同時に見たわけだ。どちらもお預けと言う夢だ。吉行淳之介の随筆で、吉行は女を抱き、病気が心配と薬まで飲んだ夢を見たそうである。私は実際の行為の夢は見ない。愛撫したりされたりする夢はときどき見る。
 良い夢を見た。書きとめておいて、小説に使おう、と思う事がある。早く書いてしまわなければ、溶けて無くなってしまう。溶けかかったクリームをせかされて食べている心地だ。ゆっくり味わいたいのに、焦る。書きとめているうちに、嘘を書いている事に気づく。夢はとっくに溶けて、忘れてしまっている。私は忘れた夢を認めたくない。夢を想像して、夢を創造しているのだ。空想の物語を作り上げている。当然、見たはずの夢ではないのだ。
 夢でも空想でも同じことなのかもしれない。私は私に言い聞かせる。言い聞かせながら、残念で仕方がない。
 麻子の名前を言い間違えるのは、夢の所為かも知れない。夢の女の名前を思い出せない。麻子の名前は言い間違える。考えていて、怖くなった。
 久しぶりに女の夢を見た。
 相変わらず、女が誰であるのか分からない。私の新しい家に転居しているらしい。らしい、とは家の造りが良く分からないからだ。窓から見慣れない山がそびえていたりするからだ。非常にきれいな風景だ。
 故郷の風景だという気になってきた。家は子供のころ私がそだった家なのか。座敷の様子など似ている気もする。布団が敷かれていた。私は眠いのだけれど、我慢している。
 暫くすると女が現れる。誰なのか分からない。顔が見えないのだ。顔のない女は優しく私に甘えかかるようだ。甘えているのは、私のほうなのだ。女の裸の腹、ないしはそろえた、足に顔を埋めて、何かを言った。何を言ったのか分からない。家の周りの緑は濃くなり、川の水が光っている。
 夢の解釈をする事は難しくない。
 私は年をとったのか、生まれ故郷の山里を懐かしんでいる。家も昔住んでいた間取りに似ている。窓や縁側から広がっている風景も故郷のものらしい。
 私は女に甘えているのか、女を愛撫しているのか判然としない。性的な気分は高まっていて、性行為の夢のようでもある。
 毎回、夢の女は同じ女なのだろうか。一度もはっきりと顔を見せないので同じ女なのか解らない。どこか違う感じでもある。同じだとも、違うとも言えない。目が覚めた途端、曖昧になる。夢の中の高ぶった感情だけはしばらく残っているが、輪郭や色はたちまち消えてしまう。感触や匂いのようなものだけがしばらく残る。
 眠り方が悪いのか、私の心構えが悪いのか、夢の女にはなかなか会えない。女の夢を見ないというのではない。祭りの人ごみの中で誰かを探している心地だ。探し当てたと思っても、違っている。
 夢の女が麻子なら問題ない。夢の女を麻子だと考えてもよい。非常に若くて少女らしいとしても、麻子の少女時代を想った結果の夢なのだ。眩しい故郷の風景に居たとしても、未来に麻子を予感した夢なのだ。
 中学のころ心理学者フロイドの「夢判断」を読んで衝撃を受けたが、経験していた事、考えていたことと同じだ。納得してフロイドが好きになった。同時に心の何でもが簡単にわかるようで、詰らなくもあった。心にはもっと不思議なものがあっても良いと考えた。
 夢の日記を付けようかと考えた。夢日記は今までに何度も付けようとした。いざ、その気になると、夢を見なくなる。一週間、二週間たち、日記をつけようと考え付いたことを忘れてしまった。面倒くさくなる。
「麻子は夢を見るかい」
「見るわよ」と答えるのだけれど、どんな夢か言わない。
 わざと言わないのか、言えないのかはっきりしない。
 見ても忘れてしまうのだろうか。
「ひとつでいいから教えてくれよ。誰でもひとつぐらいは覚えているものだよ」
「そうね」と、気のない返事がかえってくる。
 麻子は夢に興味がないのかもしれない。私は夢の話をし始める。夢の中に女が出てくる。若い女だ。知っているのだが、名前が思い出せない。繰り返し見るので、最近はなんだか、気味が悪いのだ、と言う。
 何かしている麻子ににじり寄って、さらさらした髪に触る。遊びながら、肩を抱き寄せて私の額を押し付けて、麻子、麻子と呼ぶ。私は夢を見ている。

 

 

構想」49号より転載

 

 

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